1-6.陽光
それから自分は屋敷と都を行き来する夜が数日続いた。
晴明殿からの連絡が来ない。時々晴明殿の式神が飛んでいるのを見かけるが声がかからないのだ。
結界を調査して張り直していると聞いているが、邪気も瘴気もなかなか消える気配がなかった。
「今夜も行かれるのですか?」
「あぁ、都の邪気は濃いままだしな。アレでは悪霊にとって居心地が良すぎる。晴明殿から終わったという伝達がこない以上行くしかない」
惟也は冷遇された俺の元に仕えている唯一の従者だ。この屋敷には下男下女の使用人はいなくもないが、彼が唯一自分の身の回りの世話をしてくれる。
彼が擦る左腕の包帯を見る限りまた自分の腕を傷付けたのだろう。自分を心配してくれているのはありがたいが上からの命令は避けられない。
惟也が「今夜は満月ですのに」と言った声は俺の耳には届かなかった。
馬に乗って屋敷を出ると山を降りて東へ向かう。しかし近くで歪な妖力が現れたことに気付いた。
「待てー!化け物めー!」
東の方から松明を掲げて馬を走らせる集団が見える。
白い狩衣は検非違使だ。しかし陰陽寮の術師がいない。置いていかれたのだろうか。いやまさか彼らが術師を置いていくなんてありえない。
「そこの者!何があった!?」
「貴方様は――!?」
馬を走らせ一人の検非違使を呼び止めれば向こうも自分に気付いたのか笑顔になる。
都で悪霊を祓い回っている際に挨拶した者の一人で自分に好意的に接してくれる数少ない人物だった。
色々聞けば悪霊の原因である女が逃げたのだそうだ。
「その女は西へ向かって走っていきました。術師では相手も気配を察するのに敏いものですから天文博士殿が私らだけで探せと……」
その彼の背後、南の方角には満月が雲の隙間から差し込んでいた。
朱雀というのは方角も含まれる。それが朱雀の方角である南で、そこに向かうなという知らせだったのだとしたら。
「あぁっ!そういうことだったらはっきりと言ってくれませんかねえ!?」
「はい!?」
「いやすまないこちらの話だ。妖力は私も分かったから、判別できるかもしれない。自分の気配を遮断するのは得意だ。私も追いかけよう」
「き、協力感謝します!」
晴明殿の占いにしては大雑把過ぎる。神のお告げみたいなものだと考えるならそういうものだと言われても仕方のないことなのだが、せめてもう少しヒントが欲しかった。
月を眺めながら懐から取り出した十字架を握る。惟也が気を遣ってくれたが流石にそろそろ限界である。
「月、ねぇ……」
『いい加減、君も今の生活に限界が来てることを認めた方がいいですよ』
あの後見人から先月言われた言葉を思い出して苛立ってきた。
光を嫌う悪霊とは違い、妖狐は月華や日精の力を蓄えると聞く。この満月は絶好のお月見日和である。
その反面、魔力が満ち溢れそれに当てられた気狂いの増える夜でもあった。
先日祓ったあの妖狐を思い出すが、あの日の夜は半月にも満たない細い月の日だった。もし見つけたのが満月だったら捕まえることも出来なかっただろう。
馬を走らせ妖力を感じる方角へ進む。
俺はあの気配や力を妖力だと呼んだが、あれは妖力ではない別の力だ。
本来ならこの国に存在しうる力ではないはずだが、自分以外にもいたことに驚きを隠せずにいる。
その歪な力を頼りに馬を走らせていくと徐々にその力は濃くなっていった。
道中すれ違った別の検非違使に自分の馬を預け気配を消して進む。
擬態の術を使ってもいいのだが、向こうが自分の気配に気付いたら本末転倒なので敢えて使わず進む。
「逃げられたか?」
「他を当るぞ。絶対に探し出せ」
手分けして探していたらしい検非違使の声が聞こえる。あちらも自分には気付いていないようだ。
しかし探す対象が近くにいることは間違いない。
そして検非違使らが散り散りになって離れて行った頃、彼らがいた場所の真上の木の枝でその姿は露になった。
相手は妖狐の娘だった。その金色の瞳は呑気に月を眺めていた。
――――――
嵐山、闇夜まぎれに狐子へ、光り輝く月の光よ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます