1-5.陽光


 平安時代において陰陽師とは帝に仕える職業だ。

 本来ならば俺も陰陽寮に所属しているはずなのだが、俺が無位無官フリーでいるのは幼い頃俺が都に穢れを誘うと当時の術師が占いで判断したから。

 そう疑われても仕方ないだろう。俺は白髪で赤い目をしている。つまり白子アルビノだ。かつてはそのような者が帝になった時代もあったそうだが、今は病と混同されてしまい忌み嫌われる存在である。


 幼い頃までは自分の母も俺を庇ってくれたが、悪い噂は消えないし内裏が全焼した事件が起きたことで信憑性が増した。

 丁度内裏にいた母はその火事に巻き込まれて死んでしまい、一緒にいた二つ離れた妹も怪我で左眼が失明する。

 そのショックで俺は多くの記憶が雪崩れ込んだ。


 俺はこの時代から千年以上も先の未来、いや前世の記憶がある。


 その記憶を通じて俺はこのまま大人たちの事情に流されてしまえば俺だけでなく妹も不利になると感じた俺は、数え七つで出家することを父に願ったものの許さなかった。父には妻も子供も大勢いたし、母とは違い俺を庇うことはなかったのに。

 迷信には迷信をぶつけるのがいい。俺は人に占いを頼み、その結果と俺自身の子供ながらに拙い説得によって父は折れ、妹は養子に、俺は寺に預けることを決めた。当時は都も火事の後始末でてんやわんやしており準備が出来なかったからだ。


 寺で暮らしていると都では見なかった妖や悪霊をよく見るようになり、その悪霊を寺の住職や僧侶は祓ってみせてくれた。

 この世界はもしかしたら俺の知っている平安時代に似て非なる世界なのではないかと思うようになった。


 厳しい寺での暮らしや修行を通じて俺は修験者の術と現代のファンタジー漫画で見る祓魔師の術を掛け合わせた術を編み出した俺は、十歳の時に愚かにも偶然寺に来ていた安倍晴明に勝負を挑んであっさりと負けた。不意打ちだったにも関わらず。

 未来では有名だった安倍晴明をお目にかかれることに興奮していたということもあるが、編み出した術が使える自分を驕っていたのかもしれない。

 けれどよほど俺の術が珍しかったのか、俺の身分を知って知らずか、ほぼ強引に晴明殿の弟子にされ、晴明殿の屋敷で陰陽道を学ぶ事になった。

 当時俺の親代わりだった住職と晴明殿との間でどんな話をしたのかは知らない。


 その三年後、無事に元服を済ませて成人の仲間入りをすると、父の計らいで都の外れに自分の屋敷と侍従として惟也を寄こされた。惟也は乳兄弟だと知ったのは彼と打ち解けた頃だった。

 父が俺のことを忘れていなかったことには驚いただけど、流石に帝から官位を授かることはなかった。俺は成人して早々に無職になった。

 侍従もいるのに無職生活をどう生き抜こうかと考えていれば、晴明殿を通じて陰陽師としての仕事で呼ばれるようになる。

 どうやら師匠である晴明殿が帝に俺の話をしたらしい。おかげで食べ物に困ることはなくなったけれど、帝の考えは俺にはよく分からない。


「悪霊ねぇ……」


 惟也に屋敷の留守を任せ、馬で都まで駆ける。

 都の境目には陰陽師、ではなく陰陽寮所属の学生が五人程いた。

 晴明殿の文には朱雀の前に出るなということだったが、思い当たるのは羅城門を抜けた先にある朱雀大路とその最終地点にある大内裏の入り口にあたる朱雀門だ。しかしそれは都全体も含まれているのだろうか。

 相手は顔見知りだ。流石に無視は良くないだろうと思い挨拶ついでに馬から降りて彼らのところに向かえば避ける訳でも好意的な態度を取る訳でもなく、あからさまな通せんぼだった。


「天文博士殿の依頼で参った。通してくれないか」

「……」


 相手が自分だと分かっても通さない。

 しかし門の向こうから人型の和紙が飛んできては自分の前で止まる。擬人式神だ。

 その式神に書かれている紋様は五芒星で誰の式神かは明確だった。


『何をしている。さっさと入れ』

「天文博士殿、御覧の通りですが」

『私はこの場を離れられない。私の代わりに祓ってくれ』

「……だそうだ」


 式神の声は聞こえただろう。そう言って彼らに視線を移しても彼らは身を引かなかった。


「天文博士殿、此の者は都に入れてはなりませぬ」


 やはり自分が来ると分かっていて嫌がらせをしに来たか。


『その恐れを理解し覚悟した上で帝からの勅が来ている』

「その口実で此の者が都に来るのは今月で何度目ですか!絶対此の者が帝になにか――」

『口を慎め。お前たちは陰陽寮が帝をお守りすることが出来ないと?』


 式神越しから冷酷な言葉が出てくる。今の陰陽頭は彼にとって兄弟子であり師匠でもある。侮辱が許せないのだろう。


『それに今、私は帝の御傍にいる。帝は今日のところは目をつむってくださるそうだ』


 表立って帝への不信を唱えては自分らがどうなるか分からない。目の前の彼らはすぐに身を引いた。


 都に入ればそこは邪気に満ち溢れていた。これでは誰も外に出られない。しかも邪気に誘われ結界をすり抜けてきた悪霊が瘴気を撒き散らしていた。

 悪霊というのは基本的に黒い靄で現れる。

 時折強い怨念によって人や獣の形に見えることがあるがそれは極稀である。晴明殿直伝の術で悪霊を祓い、周囲の家々を尋ね回れば下人を通じて悪霊の危害に遭った者が多くいることが分かった。


 数日前から原因不明の病で臥せっていた者、庭に落ちていた鳥の屍骸を触れて穢れてしまった者、突然妄言を吐いたり奇行をするようなった気違い。

 自分の顔を見た途端追い払おうとした者もいたがその者には後日他の者に祓ってもらうように言って去る。家に押し入ることも出来なくないが面倒だしそこまでして悪霊を祓っても自分のせいだと言われるから無駄だ。

 そして道中に妖が現れれば容赦なく切り伏せた。髑髏に人魂だけでなく、野狐に牛鬼や土蜘蛛もいた。もはやその様は百鬼夜行である。


 それは空が白じむ彼者誰時かはたれどきまで続き、徐々に邪気や瘴気は霧散していく。悪霊も妖も散り散りになって都から飛んで行ってしまった。


「一体なんなんだ……」


 晴明の手紙通りだが元凶がそれをする意図が見えない。

 邪気も発生源があるはずなのだが何らかの要因ですぐに攪拌かくはんされるように大気と混ざり合うので大元を確認することも難しいらしい。

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