第26話 理想的な口の軽さ

 呼ばれて向かう合流場所は、駅に程近い場所にあるチェーン展開の居酒屋だった。どうやら奴さん、むしゃくしゃと腹を立てその足で憂晴らしをしに向かったらしい。


 駐車場を求めて辺りをグルグル彷徨い、ようやく見つけた空きスペースに滑り込む。車を置き、店舗を探していると出入り口の影から土村がひょっこりと顔を覗かせた。


「遅かったですね」


「中々、車を停められる場所がなくてな。そんなことは良い。それより奴は何処だ」


「あっちです」

 と指し示すが、どことなく素っ気ない。


 胸に一物ありと言いたげな態度を取る。確か、尾行を指示した時の反応も芳しい物ではなかったと記憶する。若い女はヘソを曲げるのが早いなと辟易し、後進教育とはこうも骨が折れる物だったかと肩を落とす。


「何だ、まだ機嫌が悪いのか。この程度は使われた内にも入らないと思うんだがな」


「そんなんじゃないですよ」


 不機嫌な顔は相も変わらず、場合に依っては仕事に支障を来し兼ねない様に思える。幸い、とみぃ曹長は深酒を決め込んだのか目立った動きは見当たらない。建物の影に入り、ちょいちょいと土村を呼びつけた。


「だったらどうした。何を気にしている」


「いえ、別に。私はただ、あんな人の話が本当に必要なのかなと思っただけです」


「あんな人ったって……、なあ」


 粗野で野蛮。感情的であり、口が緩い。周りを顧みず、己の感情を優先する性格。そしておまけに酒癖が悪いと来たのなら。口を持ち上げ、ゆったりと肩をすくめる。


「実に理想的な、情報提供者じゃないか」


 要はネタを持っているのかどうか。情報を漏らす人か漏らさない人かの話であり、人間性がどうなのかとはまた別物の話だ。だが土村はそう捉えないのか、否定する。


「まったく信用できません。あんなアンチの話す事なんて。口からデマカセを言ってるだけかも知れないじゃないですか」


 一理あるなと頷き返す。どこまでが事実でどこからが眉唾物かは精査する必要があるだろう。噂を鵜呑みにする気は毛頭ない、とその旨を伝えるが収まった様子はない。


「大体、女をバカにしていますよ。何ですか顔が良いから配信に人が集まるだとか、だからお金を出すんだとか。面白いから、興味深かったから人が集まるんでしょう。満足したから、お金を出すんでしょう」


 ああ、焦点はそこなのかと頭を抱える。努力、地力といった類の物を美貌が凌ぐ。あの時、あの場にいたどの男も先陣切ってその主張を否定したりしなかった。いや、正しくは出来なかったと言うべきか。その主張があまりにも的を射ていた物だから、紛れもない事実ベースの話だったからだ。


 その事に対して土村は腹を立てていて、ギロリと冷めた視線を飛ばしてくる。次に向けた矛先は、確実に俺を指していた。


「友江さんも何も言わなかったですよね。もしかして同じ風に思っているんですか?」


 ツンツンした口調でツンツンと刺され、暫し考えを纏めてから話し始める。


「ああ、関係は大有りだろう。やはり不細工よりは美人に群がるのが常だ。試しに名前でも検索してみろ。二の句には中の人やら前世やらと、大概の人は中身が気になって仕方ないらしい。vtuberだ、何だと言っても所詮はただの被り物だな。一切関係ない」


 土村は口をぽかんと開け、言葉を失う。忌憚も配慮の欠片もない、正直な男の意見に思わず面でも食らったか。中の人の容姿が良くてファンが増える事はあろうとも、その逆はない。どう転ぼうとマイナス要素になり得ない。現実はかくも残酷な物だ。


 賛同は得ないだろう。反論を生むのは承知の上の事だったので、先に動いて訊き返す。


「土村は、女を武器に使うのは反対か?」


「当たり前です」

 と瞬きすらせずに返された。

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