第25話 二次会はこちら

 画質が悪くて不鮮明。生活感溢れる背景は自室での一枚だろうか。vtuberという絵の被り物を取り払った等身大の彼女の姿は、その幼さ。少女性の面影を残した画像は、今の高枝恵子の姿とはまるで別物に思う。


「これはいったい、何時の」


 興味を示そうとした所で邪魔が入った。


「止めろよ。プライバシーの侵害だぞ」


 記者としては耳の痛くなる言葉である。だがそれは俺に向けられたものではなく、とみぃ曹長の方を指す決別の言葉だった。遠慮のなくなった焼きとりんぼが早口に声を荒げる。


「あんたねえ、どういうつもりなんすか。不愉快になる事ばっかり言って。ちょっとは周りの空気を考えてみたらどうっすか」


「何だと」

 と暫し口論となり、店内を騒がせた。


 最初こそ周りの連中も二人を宥めていたが、次第に瞳の色を変えていき、

「そんな風なら、もう帰れよ」

 と言う焼きとりんぼの声を後押しする。


 同席していた、とみぃ曹長の友人らしき者達からの擁護も薄くなってきた所で決着はついた。二つ、三つの捨て台詞を吐き、テーブルに金を叩きつけ、半ば追い出されるようにして彼は逃げ去っていった。


「いったい何なんすかね、あの人。嫌ならここに来なきゃいいのに」


 憤りの冷めやまぬ焼きとりんぼへ適当に相槌を打ちつつ、隣席に残る罰の悪そうなティアラーの面を見やる。神無利かざりに思う所があろうと、それを介して出会った彼らとのコミュニティを重んじた故の参加だった。そんな所だろうか。


 芯とする偶像が揺らいだ派閥に、未来があるとは思えないが。いや、それこそ狙いだったのかもしれないと密かに首を振る。


 愛憎深しとはよく言った物だった。情の深き者ほど、また末恐ろしくもある。熱狂的ファンでありながら、反転したアンチ。俺はそういう人物に話を訊くべきだった。


 一方向しか見えない盲信的なファンの目はどうしても片寄った意見になる。真相とは濁った瞳の中にこそ身を隠す物だった。彼は何か情報を握っているかもしれない。

 

 それにと脳裏に映る姿を思い返す。彼の待ち受け画面はまだ、高枝恵子のままだ。


 ハンドシグナルで奴を追うように土村へと指示を出す。自分で行ければ良かったが、取材を申し込んでいた手前そういう訳にもいかないと判断してのことだった。土村はすぐに気が付いて顔を上げたが、中々行動に移そうとはしなかった。


 このままでは彼の姿を見失ってしまう。そう思った俺は再度、強く指差し続けた。これはどうしたことか、察しが悪い訳でもないだろう土村がようやく重い腰を上げたのは暫く経ってからの話だった。


 不満を顔に浮かべて駆けていく。やはり靴を履き替えさせておいて正解だったなと思いながら目で追った。走れ走れ若人よ。気力に溢れ、活力に満ちた身軽な身なら、ひと足早く真相へと辿り着けるはずだ。


 年を重ねる毎にしがらみや因縁を纏って重くなる身で同じ事をする為には、知識や経験といった類の物で補うしか道はない。困った物だと深く腰を下ろし、じっくりと根を張り始めた俺を土村はふり返り睨む。


 くるりと背を向け小さくなっていく土村を見送りながら、しまったと考えていた。少し経ったら電話を鳴らして呼べと言っておけば良かった、と後悔したがもう遅い。


 神無利かざりが如何に素晴らしい活動をしているのかという毒にも薬にもならないつまらない話を、延々と一時間も付き合わされる羽目になってしまった。


 やっとの思いで解放されたのはオフ会がお開きになるのとほとんど同時刻となる。店を後にし、やれやれと肩を回している所にぞろぞろとティアラー達もやって来る。


 二次会だと言い、気の合う同士が小規模グループに別れて動き出したのを見ながらそばを離れた。土村と連絡を取り、返す刀で尾行先へと向かうことにする。


 さあ、こちらも二次会だと気を張った。

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