第24話 中の人

「それは又、人気商売のアイドルとしては些か悪手にも思えますが」


 ファンの信用を失いかねない愚かな行為だが、色欲は時に人を狂わせる。傍目から見れば馬鹿げた行いだったとしても、当人に取っては真剣そのものなんて事もざらだ。


 盛者必衰の理。


 栄華を極めたはずの芸能人が一時の感情で全てを失う事も、又よくある話だった。神無利かざりというアイドルも高枝恵子という一人の女であり、持って生まれた性に肉欲に抗えなかっただけの話なのだろう。


 その行いが例え、自ら打ち立てたはずのアイドル像を裏切る背反だったとしても。


「普通はそう思いますよね」

 にやりとした笑みと共に言われる。


 焼きとりんぼは意外にもあっけらかんとした反応を見せた。蔑ろにされたファンとしては随分と余裕があるものだと感心していると、チッチッと指を振って話し出す。


「実はそうじゃないと思うんです。ひと言で言うならありゃヤラセっすね。ヤラセ」


「彼女の仕込み、であると?」


 力強く、ブンと頷く。


「たぶんゲームの配信用に雇われたバイトですよ。前に一度、配信時間を急に早めた時もちゃんと集まったし、間違いないっす。参加者の募集も見当たらなくて当たり前。会社経由で雇うんだからわかりっこない」


 ファンの間では定説になっているのか、周りからもそうだと賛同する声が上がる。


「成る程ね。リスナー参加を謳う限りは、神無利かざりもヤラセだと公表する訳にはいかないということですか。疑惑の目が向いていてもただ黙っているしかない、と」


「でも、かざりんはちっとも悪くないんす。生放送の配信はどんな奴が紛れるかわからないからしょうが無いし、弱小時代の頃の人が集まらなかったトラウマもあるから」


 ワハハと腹を抱え込んだ笑い声が響く。こちらに聞かせる様にして、とみぃ曹長が向かいから大きな声で話しかけてきた。


「その頃のファンとは個人的に繋がってるそうじゃねぇか。特別に囲い込んだ子飼いの男連中の事だよ。参加メンバーなんて、そいつらに決まってるだろうが。ああ、俺ももう少し早かったら入れてたろうになあ」


 先程よりも酒が回った呂律でそう言う。堪忍袋の緒が切れたのか、焼きとりんぼはヒートアップしてやおらに立ち上がった。


「あんたね、つまらん言い掛かりは寄せ」


 サッと険悪な空気が場を支配していく。寄せよと制する周りの手を物ともせずに、とみぃ曹長が真っ向から迎え撃つ。


「ああ? 言い掛かりだ? 事実だろが。何せあの顔だ。かざりんは美人だからな、生主ん時からちやほやされてきたんだろう。群らがる男共が放って置く訳はねえよな」


「顔は、……関係ないだろう」


 尻すぼみに細くなる声を痛快に嘲笑う。


「馬鹿言うなよ笑わせんな。中の人が美人じゃなかったら誰が配信なんか見んだよ。どこの誰が金を出すっつうんだよ」


 お前か、お前かと、とみぃ曹長はひとりひとりを指差し尋ねる。返す言葉にそうだと言う者もあったが、どの言葉も不明瞭で釈然としないものばかりな様に思えた。


 焼きとりんぼを含めここにいるほぼ全ての男は神無利かざりの中の人物、高枝恵子の顔を把握していたということなのだろう。


 それも無理からぬ話ではあった。連日の報道で高枝恵子の逮捕時の写真が放送されていて、彼女の安否を気遣うファンであるならば目にしないことはまずないはずだ。


 レンズ越しに覗いた彼女の姿を思い返す。年相応ではあったものの、小綺麗に整った顔立ちをしていたか。女優やモデルという綺羅びやかなものとはまた違う味わいで、どこか愛嬌を感じさせる容姿に心奪われる者が出るのも頷ける。


「記者さんは知らねえかもな。ほれ」


 撮影者である俺に向けて、とみぃ曹長はスマホをかざす。待ち受け画面に登録されていた高枝恵子の姿は今よりもずっと若く、少し幼さすら感じさせるほどの物だった。

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