第23話 リスナー想い

 視線は外され、左右に泳いで口ごもる。同席する全員が気まずそうな顔を見せた。固唾を呑み静観を決め込んだ集団の中で、ピクリと口を曲げつつも沈黙を破ったのはやはり焼きとりんぼだった。


「最初は、誰も相手にしませんでしたよ。そりゃそうでしょ。匿名掲示板に書かれた便所の落書きなんかより、俺らはかざりんの言葉を。配信を信じるに決まってます」


「でも、そうはならなかったと」


 一笑に付し、つまらないデタラメであるはずの噂を信じ、反転していったファンの存在がそれを如実に物語っていた。


「元からいたアンチが騒ぎ出したんすよ。優遇だ、会社のゴリ押しだって。その理由がこれでようやくわかったなって」


 触れたカップを何度も握り直している。まるで、心の動揺が伝わってくるかの様だ。的外れな指摘は心を揺らす事もない。薄々感じていた不信感、心の澱がそこにある。彼女を信じるという、そんなファンの深層心理を知っておきたかった。


「愛人であれ恋人であれ、身体で手にした名声なんだと。そう言われているわけだ」


 挑発してみると、怒りで瞳が濁っていく。


「そんなことない。そりゃ確かにグループの真ん中に据えられたり、大抜擢されたりすることは多いですけど、全部が全部彼女の実力によるものですよ」


 車内で土村に聞いたデータと食い違う。会社内に置ける神無利かざりの人気、売上は良くても上の下といった所だ。絶対君主たるカリスマvtuberなら同社内の他にいた。全データを比較しても、そちらが上回る。


「実力とは、企画力や人脈。皆をまとめて統率するリーダー力といった物ですか?」


「そういうのはちょっと。でも頑張ってはいますよ。昔は引っ込み思案だった彼女が運営に取って代わることもあるほどにね」


 企画、交友関係、司会力ともに、秀でたvtuberなら他にもいると聞いている。彼女の実力以外の力が働いているというアンチの意見も、あながち可笑しな指摘ではない。


「運営のお気に入りなわけだ」


「そうなんです。ひたむきな良い子だから。でもそれから活躍して目立つ度に噂を信じ反転する人が増えていった。かざりんにもちょっとした落ち度はあったんすけどね」


「その、落ち度というのは?」


 ぎゅっとペンを握り、耳をそばだてた。ファンの間じゃ有名な話だと前置きをしてから話し始める。


「かざりんはファンを飽きさせない為にと色々な配信を考えてくれるんです。ゲームや雑談、歌枠に晩酌もしたり、実写で料理を作ってくれたりもして」


 バーチャルである必要がどこにあるのかと疑問を抱きつつ、先を促す。


「中でもかざりんは他の誰よりもファンを大事にしてくれる人ですからね。リスナー参加型の企画をよくしてくれるんです」


「それはどういう」


「色々っすよ。ファンのお部屋拝見とか、晩ご飯拝見とか、自分に関する作品を募集したり、テーマを決めてトーク募集とか」


 神無利かざりのSNSの投稿を調べた際、写真や動画での返信を多く見かけた理由がよく分かった。全部とは言わないが一つ一つに反応を示していたのもそれが原因か。配信のネタを募集していたというわけだ。


 それはファンの為なのか、自分の為か。


「その内の一つに参加型で行うゲーム配信があるんですけど。メンバーはいつも揃ってるのに募集した跡がどこにもなくって」


 不思議な話だった。


 参加メンバーを募集せずに行う参加型のゲーム配信。あらかじめ参加するメンバーが決まっていると取られても可笑しくない。彼女の個人的な友だち。公の場ではなく、個人的に連絡を取り合える関係性の人物。


 あるいは一般のファンとは一線を画す、特別待遇を受けているかもしれないファンの存在を匂わせる。ファン同士での軋轢。彼女への不信感は募っていくと思われる。

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