第22話 真偽と審議
「君、いい加減なことばかり言うなよな」
バンとテーブルを叩き、焼きとりんぼは怒りを顕にする。アイドルを自称するvtuberにとって異性交友の話はタブー、致命的だ。ましてや男漁りとまで言われたなら、一般の女性を相手取ろうと好印象は与えない。
「酔ってんなあ、とみぃ曹長」
「飲み過ぎだ、飲み過ぎ」
「悪かったよ、ごめんね。気にしないで」
とみぃ曹長と呼ばれた人物の周りに座る男達が代わる代わるに謝ってくる。同席の女性は渋い顔だったが、それ以外の面子は仕方ないなと苦笑うに留まっていた。
テーブルの上には空のジョッキが並び、滴り落ちる水滴はまだ瑞々しい。どうやら先程の発言は酒盛りの最中、酔っぱらった勢いから弾み出た言葉ということらしい。詳しく聞こうとすると焼きとりんぼが手で遮り、周りからも寄って集って阻まれる。
「彼の言う、男漁りというのは?」
「根も葉もないただの噂です。かざりんの人気に嫉妬した、誰かのイタズラっすよ。男と繋がってる誰々と仲が良いからとか、裏じゃ豪遊して遊び回ってるんだとかね」
取るに足らない馬鹿馬鹿しい与太話だと言って吐き捨てる。だが俺は知っていた。男遊びの激しいと称されている別のvtuberと神無利かざりが、懇意の仲だという噂を。
数字が取れるのか。男関係、交友関係を纏めた切り抜き動画はよくあがっていた。言い掛かりに等しい眉唾ものから、これはと思う信憑性の高そうな話までごまんと。中には検証動画として互いの発言の整合性を取り、真実を導かんとする物もあった。
件の遊び回っている事を公言しているvtuberが語るツレの人物像は、神無利かざりを置いて他にはないように思われた。俺よりも詳しい彼が知らないはずもないのだが。
「噂は所詮、噂だと?」
「ファンと向き合い、アイドル活動に専念すると宣言したかざりんを俺は信じます」
虚栄を張ろうとしたせいか焼きとりんぼの発した声は大きく、隣のテーブルに座るあの男を刺激するのには十分な物だった。
「どこが向き合ってんだよ。配信は疎か、訳のわからない連中を集めて合コン三昧。役員食い荒らして重役気取りじゃねえか」
振動で食器がガチャンと音を鳴らした。周りは興奮冷めやらぬ様子のとみぃ曹長をまあまあと宥め、追加のビールを急かす。
「彼、随分と荒れているようだ。しかし」
言葉を濁した。妙に感じる。
どうして彼の様な男がいるのかと思う。ここはティアラー達の集いの場でファンの巣窟なはず。訝しげな視線が伝わったのか、焼きとりんぼぼそりと溢した。
「もうずっとあの調子でね、こっちも良い迷惑だっつうの。反転アンチなんす、彼」
怒りか哀しみか、濁った瞳はとみぃ曹長を蔑むような冷たさを合わせ持っていた。
「アンチって、ファンとは真逆の物だよね。反転というと、彼も元々は神無利かざりのファンだったということかな?」
苦い物を飲み込むように、焼きとりんぼはコーヒーをグイッと流し込んだ。
「自分では最初期の古参だって言ってます」
「そんな初めから応援していたファンが、どうして今はあんな風になったんだろう」
チラチラと隣のテーブルの様子を伺いながらこっそりと尋ねる。周りで宥めている連中も同じく古参のファンなのだろうか。
「ちょっと前に流れた事があるんすよね。リーク情報だってつまんねえデタラメが」
「それはどういった内容の」
首を右へ左へ回し、否定しながら話す。
「会長の愛人とか、役員とデキてるとか。会社から枕で仕事をもらってるんだとか。派閥を作って新人いびりをしてるとかね。誰が言ったのかもわからない。証拠も何もない、ただの掲示板への書き込みっすよ」
程度の差はあれど、アイドルと名のつく者達とは切っても切れない噂話ではある。一つ二つはどのアイドルにも付き纏う物。とは言うものの、しかし。
「それを受けてアンチが増えたんだよね」
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