第15話 夫婦の機微
どこまでも我を貫く土村を乗せたまま、純和風テイストな家へと車で乗り入れる。中々に立派な家屋だった。柱はくすんだ色をしているものの、それでも木の温かみを感じさせ、伝統家屋の象徴といえる瓦葺きは、黒ずもうとも厳格な格式を思わせる。
ここは一国一城の主、寺本銀二郎の城。その姿は未だ知れずとも、家の佇まいからある程度の人柄は見えてくるというもの。真正面からフリージャーナリストの取材に応じてくれるかどうかは、甚だ怪しい。
だが、今日の俺は呼び出された客人。
用があるのは妻の方といえども、それにかこつけ取材にありつけるかもしれない。打算的な下心をおくびにも出さず呼び鈴を鳴らすと、すぐに寺本巴が応じた。
「記者さん。──あら」
玄関の戸が開き、覗かせる彼女の表情が僅かばかり強張る。俺の脇に控えた土村の存在がそうさせているのは明らかだった。角を立てぬようにと柔和に微笑みかける。
「こんにちは、奥さん。こいつはまあ、私の部下の様なものです。何でしたらここで帰らせますが、もし、お邪魔でなければ」
肩を竦めて伺いを立てると、すこし顔を曇らせて逡巡した後に手振りで招かれる。十中八九、拒むと思っていただけに彼女の見せた反応に驚き、土村と顔を見合わす。
俺の築き上げてきた信用の為せる業か。はたまた、人畜無害な出で立ちをしている土村以ての性分か。当の本人は家人に同行を許可され、安堵の表情を浮かべていた。
玄関を抜けて居間へと通される。畳張りの和室に若干の戸惑いをみせる土村をよそに、勧められるまま座布団の上へと進む。一度身を引いた寺本巴は盆を手に現れた。
茶を振る舞われ、彼女もまた卓につき、この場に寺本銀二郎が現れない事を知る。煎茶を頂きながらその姿を目で探ってみるものの人の気配はなく、こそり肩を落とす。
「今日はお一人ですか?」
世間話を兼ねての探りのつもりだった。
だが、
「お呼びしたのはね、そのことなんです」
と神妙な面持ちですぐさま本題に入る。
「うちの人が、全然帰ってこないのよ」
「寺本銀二郎さんがですか?」
深く目を閉じ、重く頷く。
「ええ。もう、一週間よ。連絡もまったくとれなくて、どこで何をしているのやら」
悲痛に顔が歪み、微かにしわがれた声には疲労の色が見える。もしかすると彼女は先程まで一人泣いていたのかもしれない。退職し、出不精と化していた老刑事が家を開けてから一週間。帰らぬ夫を待ち続けるのも、老体には堪えるだろうなと察する。
「あのう、ちょっといいですか」
控えめではあったが、そろりと挙がる手は話の腰を折るのに十分過ぎる物だった。帰しておくべきだったかと後悔し、訊く。
「何だ、土村」
「えっとですね。もともと寺本銀二郎さんは連絡なく、フラリと泊まり込みで捜査をする方なんですよね? だったら今度も」
困った様に微笑い、首を振る寺本巴に、
「すみません、無神経で」
と不出来な部下の代わりに謝罪する。
隣の訝しげな瞳に向け、ぼそりと呟く。
「夫婦の機微を読め。この奥さんが何年、刑事の妻をやってきていると思ってるんだ。張り込みか、なんて真っ先に思い当たる。それでも今度は違ったと感じた。いつもとは違う事があったに決まっているだろう」
「あ」
少し跳ね、背筋を伸ばした土村は深々と頭を下げていく。重ねて、目礼しておく。
「いいえ、いいの、お嬢さん。顔を上げてくださいな。鞄がね。置いたままなのよ」
恐る恐る顔を上げる土村に説明するかのように、寺本巴はひと言ひと言をゆっくりと解きほぐしていく。
「必ずいつも持っていったはずの鞄なの。持病の薬も中に入っているっていうのに。それを忘れて行くだなんて、思えないわ」
呼ばれた理由を思慮しながら確認する。
「警察にはもう、届けましたか?」
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