第14話 先達に倣って

 しかし、あっさりと否定される。


「いえ。その、調べてきただけです」


 歯切れが悪く、持ち上げた口唇にはどこかぎこちなさが残る。察する所なら俺にもあったと片手を離し、パシッと額を打つ。


「さては、あらかじめ話を聞いていたな」


 タハハ、と空笑う声。


「伯父さん、本当に抜け目ないですよね」


 老獪極まる兵はこちらにも控えていた。あの場では、さも今しがた思いついたかのような口ぶりだったが、キャップに掛かれば俺が刃向かうことすらも計算づくの話。


 土村を預けたのも予定調和だったというわけだ。何処から何処までが掌の上なのかと猜疑心に苛まれる。俺と土村が互助関係を結んだ事までは嗅ぎつけていないと思うが。油断はできない。老兵を侮るなかれ。


 つい、バックミラーで誰もいないはずの後部座席を確認していた。土村は特に気にした素振りをみせず、事前に調べてきたvtuberの情報を順に報告してくる。


 主な活動内容、個人チャンネル登録数、有料会員登録数、メディア展開への経歴、予想される収支に、金銭の流れ。なるほど真面目なものだ。よく調べあげている。


 容疑者、高枝恵子として接してきた俺はvtuber神無利かざりとしての活動そのものはあまり深堀りせず、軽視していた。なのでまだ知らないでいた情報も数多くある。


 土村の説明を踏まえながら、若者の文化であるvtuber界隈への造詣を深めていった。聞けば聞くほど既存の芸能界を軸に置いた構図をしている。ならば当然、悪しき風習も似通ったものになっていくのが必定か。


 癒着、隠蔽、権力による越権行為。


 芸能界との違いを鑑みると。より近く、より早く、より秘匿性が高いといった所。まだエンタメとしての歴史が浅く、そして何よりも業界としても若い。代表格の会社を見渡すと、未熟な浅はかさを垣間みる。


 形だけをまね、経験による練磨はなく、外部で厳しく目を光らせる先達もいない。なのに力を手に入れた。これは恐ろしい。力ある者の横暴がまかり通り、諌める者がどこにもいない、未成熟で閉鎖的な世界。


 ならば闇はより深く、濃ゆくなるだろう。自浄作用などは最初からあってなきもの。閉ざされた空間がひとつの腐敗物により汚染されるのは、どこの業界でも同じ事だ。周りごと腐り落ちていき、最もおぞましい物が、最も腐臭を放つ者がただ残される。


 ──まるで、蠱毒こどくだな。


 健気に話し続ける土村の声をBGMにし、ぼんやりとそんな事を考えながら運転していると、向かう寺本宅が見えてきた。


「もうそろそろ着く。話の続きは後だな」


 はいと威勢よく返事をし、広げた荷物を手早くパパッと片付けながら訊ねられる。


「寺本巴さんとは取材の約束なんですか」


「いや、そうじゃない。俺もよくわかっていないんだけどな。話があるからと呼ばれたんだ。恐らく何かの相談事か厄介事だ。おいそれと電話口じゃ話せない内容だな」


 両の拳を胸の前でくうっと握りしめて、ペンと手帳をしっかりと握り込んでいる。土村は気合十分。やる気に満ち溢れているという様子で、まるでこれが初めての取材だと言わんばかりに思えてくる。


 まさかな、と自嘲し釘を刺す。


「連れて行かないぞ」


「え、なんでですか」


 心外だという顔なので、同じ顔で返す。


「内々の話に部外者を連れていけるものか。できる話も、できなくなるだろうが」


「誰が部外者なんですか。私はもう部外者じゃありません。協力する約束でしょう。一緒にいかないと私も勉強になりません。お願いします。邪魔はしませんから」


 引く気はないらしく必死に食い下がる。


「そうでないと、私にも考えがあります」


 とんだじゃじゃ馬娘に息をついた。人を御する事はこうも難しい。上手くやれる人の存在をふと思い出し、先達に倣って俺もあの言葉を使う羽目になった。


「ひとつ、条件がある」

 と。


 身構える土村に、

「俺が無理だと判断したら引き下がる事」

 とだけ伝える。


 俺には、これが精一杯だ。

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