第11話 不毛な会話

「会社の先輩じゃなく、部外者、と言わせてもらいますね。伯父さんが部外者である友江さんに教育係を任せた理由です」


 自信溢れる語り口は、すでに結論づいているという確かな証。


「聞こうか」


 視界の中心に捉えぬ様に前を見続ける。目の端にかかる土村は指を操りふり回す。


「私に諦めさせようとしてるんですよね。報道の経験者である友江さんに厳しさと、理不尽さを突きつけさせる事によって」


「どうして俺がその役目だと」


「それはもちろん、部外者だからですよ。友江さんなら辛く、遠慮なく当たれます。会社の人間だとそうはいきませんからね、角が立ちますもん。そうでなきゃ、部外者に私を任せたりはしないはずですよね?」


 ハンドルを握った手で軽く拍子を打つ。立派な観察眼と、きっちり筋の通った推測に敬意を表す。


「降参だ。良くわかったな」


「はああ」

 と土村は大きく息を吐いた。


 背もたれにグッと身を預けて項垂れる。


「よかったあ。私ね、友江さんがすっごく嫌な人なんじゃないかとも考えたんです」


 安堵したのか開けっぴろげに言い放つ。まだそこまでの非道を晒した覚えはなく、地の性格による部分が相当を占めているのはこの際黙っておいた方が良いと考えた。


「それで、どうする気なんだ?」


 その道をそれとなく諦めさせるのが俺の役目だった。理解を得られたら話が早い。


 しかし、

「私はへこたれませんよ」

 頑として首を横に振る。


「伯父さんの思惑なんかには負けません」


 役割を知った上で俺に向けて宣言した。成る程と唸る。キャップも手を焼く筈だ。じゃじゃ馬娘の心を折ろうとするのなら、こちらも骨を差し出す覚悟が必要となる。どうするかと算段を練る前に土村が動く。


「あきらめて堪るものですか。そこで提案があります。友江さん、一緒に伯父さんを見返してやりませんか?」


「と言うと?」


「ふたり協力して本気で事件を追うんです。私は、友江さんの記者の嗅覚を信じます。特大スクープになると踏んだんですよね」


 俺すらも取り込み、懐柔させんと欲す。その意気やヨシと、大した器量を見せる。


「私も足を引っ張ったりしないよう精一杯頑張りますから、伯父さんも無視できないすごい記事を一緒にあげましょうよ」


 不意に可笑しくなる。俺は、さほど娘と歳の変わらない女の子に励まされていた。そして奇妙なことに利害は一致している。事件が追えるのであれば、俺としては。

 

「ま、一つ、お手柔らかに頼む」

 

 手を取り合うことにした。望まぬ衝突は趣味じゃない。先は伏せた話を聞かせる。


「さっきの続きだけどな」


「何です?」


「小さな声の話さ。本来かき消されるはずの声を代弁するのが俺達の仕事だ。正しくありたくば狂うこと。まともな奴等が作り上げたこの世で、正しさを叫ぶのならな」


「良い言葉ですね」


 深く目を閉じ、胸に手を当てている。


「君の伯父さんの言葉だよ」


 驚く土村に、初めての教育を施す。


「まずは靴を変える所からだな。ヒールのない靴を履け。何時でも走れるようにな」


「あ、あります」


 ガサゴソと大きな鞄を漁り、恵比須顔で靴を取り出した。あるのかと呆れながら、静かなドライブへと洒落込むことにする。静まり返った車内。立場がガラリと真逆になった今となれば、少々気まずく思える。少しは歩み寄るかと気を割いた。


「土村は、男はいるのか?」


「な、それもセクハラですってば」


 声を荒げる。人となりを知るにはお互いの家庭環境を知るのが一番かと思ったが、このご時世ではそれも憚られる物らしい。長年培ってきた経験が役に立たず、困る。


「──じゃあ。友江さんはどうして奥さんに逃げられたんですか?」


 お返しとばかりに痛い所を突いてくる。


「それは、セクハラにならないのか?」


「女は良いんですよ。女は」


 理不尽を目の辺りにした。


「何だ。今度はジェンハラか?」


「いえ。そんなつもりはなくってですね」


 逆に突つかれ、戸惑う土村。


「そんなハラスメントだ、ハラスメントだと騒いでいたならな。しちゃって、ロクに会話も出来やしないな」


 ハハと巫山戯て笑いながら言うと、

「友江さん。親父ギャグで笑いを強制するのは、パワハラになりますよ」

 と手厳しい。


「実に不毛な会話だ」


「やめときましょうか」


「そうだな」


 俺と土村は絶望的に相性が悪いらしい。


「仕事の話をしましょうよ。友江さんは、寺本銀二郎が事件に関わってくるのに疑問を感じたんですよね」


 サラリと話すが、キャップに語った内容を知っていた。聞き耳を立てていたのか。


「それについては分かっているんだがな」


 手を伸ばしICレコーダーを放り投げる。


「聞いてみろ」

 

 再生を促した。

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