第12話 寺本巴の取材記録、二
そうなの。
うちの人がそのvtuberの誰だったかしら。そうそう、神無利かざりさんという方を。あら、違った? そう、高枝恵子さんね。
そちらの方を犯してもいない無実の罪、冤罪の魔の手から救い出していたなんて。驚いたわ、知らなかった。そう。あの人、私の知らない所でそんな立派な行いをしていたのね。ええ、ええ、見直しましたよ。
寺本銀二郎もまだ捨てたものじゃない。
ふふ。そう? 私、嬉しそうに見える? そりゃあ、あなた嬉しくもなる物ですよ。部屋に根を張り、置き物の様だったうちの人がね。人様のお役に立ってワイドショーを騒がすだなんて、想像だにしないもの。
何かしている事はね、知っていたのよ。何日間か、家を開けていた事もあったし。ううん、心配はそんなには。現役の頃から泊り込みになる事がしばしばあったもの。
小まめに連絡をくれたら安心出来るんですけどね。そんな今時の考えをする様な人じゃないですから。そう、勝手なものよ。私も、もうすっかり慣れてしまいました。
ん。
ちょっと待って頂戴ね。ああ、そうよ。きっとそう。そういう事だったのよ。恐らく太陽くんの仕業だと思うわ。最近良くうちの人に電話をかけてきている様だったし。
ああ、やだわ。私ったらまた。ええと、太陽くんというのは
たしか念願叶って今年から刑事になれたと言っていたんじゃなかったかしら。子供の頃からね。漫画やゲームが好きな子で、特にヒーロー物を好んでいたのよ。それの影響なんでしょうね。うちの人が刑事だと知ってからは、ヒーローに接する様子で。
ええ、そのまま大きくなって夢を叶えて。ほら、丁度うちの人と入れ替わり位だったでしょう。いいえ、そんなそんな。大きな力を持っている人じゃありませんからね。便宜を図るような真似は出来たかどうか。
でも時々は先輩としてね。太陽くんの相談にも乗ってあげていたみたいで。だから、きっと今回の事もそうだろうと思ったのよ。
ほら、嘱託ってあるじゃない。引退したあの人に太陽くんが事件を相談しにきたんじゃないのかなと、私にはそう思えたの。もしも事件の捜査が芳しい物でなく、暗礁に乗り上げていたとするのならね。うちの人を名刑事だと聞いて育ったあの子なら、頼ってきても不思議じゃないと思わない?
え、ああ、そうなのね。そう。あの人、取材を断っているの。昔からそうなのよ。表に立つ事を好まないみたいで、お陰様で出世とは縁遠い人生でしたよ。現場主義だなんだと言ってはね、自分から昇級の話も断っているらしくて。
もう引退した身なのだから。警察に遠慮したりせず、表に立って目立っても良い時分だろうとは思うのだけれど。あの人じゃ、それも難しい事なのかもしれないわねえ。
でも勿体ないなと思うわよ。もうこの歳なんですから。華々しく表舞台に立てる、最後のチャンスじゃないの。記者さんには感謝しますよ。教えてくれて、ありがとう。
ええ、私からも説得してみるつもりです。最後に錦を飾って、有終の美で終わらせても鉢は当たらないと思うのよね。仕事人間なあの人は、私が知らないだけでこれまでにもそれだけの事をしてきたのでしょうし。
私だってそうよね。陰ながらそれを必死に支えてきた、刑事の妻としての自負がありますもの。すこしはね、世間様に良い顔を見せたとしても、ねえ。構わないでしょ。こう見えても苦労をしてきたのですから。
ええ。その時がきたら、記者さんも協力して下さいますわよね。私もそれまで協力は惜しみませんから、どうか一つ大々的に取り上げて貰えるようにお願い致します。
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