第10話 記者の片鱗
食い入る、又は噛みつくが如く見られているのを感じながらも現実を突き付ける。
「正義なんてな物は声の大きい方が勝つ。ただそれだけの、つまらん仕組みなのさ」
「そんな事──」
「ないか? なかったか?」
と言葉を被せる。
「立場、時代、民衆の声。その時その場所によって変わる価値観に過ぎん。絶対悪がないようにな、絶対正義もあり得ないさ。こんな例え話を聞いたことがないか?」
一節を思い浮かべ、段階を踏み、多少のアレンジを加えて話し聞かせる。
「一人殺せば殺人者。三、四人も殺したなら殺人鬼か。万人を殺したなら吸血鬼だ。既に人ですらなくなった。そして百万人を殺せば、晴れて英雄と呼ばれる事もある」
「それは違いますよ」
土村は首を振る。
「ああ、もちろん違うさ。今の倫理観ならもちろん違ってくる。だが実際はどうだ? 教科書に載り、持て囃される歴代の武将や偉人の多くも、一皮剥けばただの人殺し」
「でも、偉業を為した人達ばかりです」
ハッハと空笑ってやる。
「偉業を為せば罪は消えると? その功績は計り知れないが、犠牲者の恨みが晴れるべくもない。どこにフォーカスを当てるのかという問題だな。そうして正義の名の下に、小さな声はかき消されていくわけだ」
少し言い過ぎたかと意識を向けると、
「やっぱり友江さん、怒ってますよね?」
と言われる。
「またそれか」
今度は声に出した。何だ、この仏頂面のせいでそう見られるのか。実際問題、俺はちっとも怒っていなかった。まあ、言っても始まらない事だけどなと思い、息をつく。どちらかと言えば──。
「それとも、凹んでるんですか?」
運転中だったが、一瞬、目を奪われる。ちらと視線を横に流し、すっかりと瞬きを忘れているその瞳に吸い寄せられていく。
「そう見えるか?」
「ああ、いいえ、そうじゃなくてですね」
土村は誤解を解こうと手を橫に振るが、
「ええと、でもそうかな。そうですよね。じゃあ、友江さんは私がついて来たことでガッカリしているんですよね」
何がじゃあなのかは分からないが、一人納得したように話を先に進めようする。
意外な反応をみせたことにすこし驚く。怒り楯突くでなく。はたまた、黙して従うのでもない。先に教えた聞かず考えずしてどうするという言葉の通り、素直に俺の態度の理由を聞き出そうとしているらしい。
水を差さず、成り行きを見守った。
「友江さんはその、お金の為に伯父さんに直談判をしてまでスクープを追おうとした。なのに私の教育係を任された。それって、スクープそのものには期待されていないということですから、ガッカリしますよね」
いつの間にか強く踏み込んでいた足の力を抜き、スピードを緩める。図星だった。他社を出し抜き、すっぱ抜こうという場面で新人を連れていく頓馬はいないし、それを教育の場にする様なキャップではない。
最悪、記事にならなくてもいい。そんな思惑が透けて見えていた。vtuber殺人事件にキャッチーな話題性があるのはキャップも知る所のはず。ならば圧力に屈したか。それとも、このお嬢さんの事かと口を曲げた。
何も言わずにいると、
「私も凹んでいるんです」
当の本人が口を開く。
「伯父さんは、ああ見えても抜け目のない人なんですよ。私が報道関係に進みたいと言っていることにも反対しています」
この業界の酸いも甘いも噛み分けてきたキャップが大事な又姪の身を案ずる気持ちは良く分かる。ヤクザな商売の面もあり、女には多少厳しい所があるかもしれない。
車内に響く様に土村は澄んだ声で言う。
「だから伯父さんは友江さんに教育係を、私を友江さんにつけたんですよね?」
「それはどういう」
と問いかけながら、記者としての確かな素質を覗かせる土村に少し感心していた。
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