第7話 親心

「交換条件──、ですか」


「ああ、そうだ。おい、法子のりこ。こっちだ」


 どんな条件を出す気かと身構える俺を他所にし、キャップは名を呼び、指で招く。法子と呼ばれた女性は濃紺のパンツスーツに身を包み、肩をそびやかしつつ現れた。


「伯父さん。職場で法子はやめて下さい」


「固いこたあ言いっこなしだ、法ちゃん。土村だなんて呼べるか。小っ恥ずかしい」


 キャップと同じ土村姓を名乗る法子は、射竦めるような鋭い視線を向けている。


 だが、

「俺はな、お前さんがまだオムツをしてる頃から知ってんだよ。覚えちゃいねえか。替えてやった事もある。今さらそんな余所余所しい呼び方、出来るわきゃねえわな」

 どこ吹く風で言う相手には効果がない。


「もう、止めて下さいってば。何時の話をしてるんですか。それ、セクハラですよ」


「おお、怖い怖い」

 キャップはおどけ、

「まあ。こんな風な、今どきの若者だよ」

 不意にこちらへ水を向けてきた。


 その言葉に釣られて、鋭いままの視線が俺を一瞥していく。すぐ様に外された目線は、ふいとあちらの方を向いている。


 歳の程は二十歳に届くか、届かないか。まだまだ着慣れていない小綺麗なスーツ。ツヤツヤとした茶髪をひとつ結びで後ろに束ねるせいか、丸っこい顔は幼く見えた。大学生の様にも思えるし、化粧の塩梅では高校生と名乗っても通用しそうな見た目。

 

 会話から察するに、キャップの親類縁者と言う所だろうかと見当をつける。先ほど目にした名札に、見慣れない名があった事を薄っすらと思い出しながら尋ねてみる。


 藪であることを承知の上で。


「ええと、こちらの女性は?」


「おう。土村法子、俺の又姪まためいになるのか。兄貴の孫だ。見ての通り、こんな二流週刊誌に転がり込んで来る様な変わりもんよ」


 土村法子は挑む様な視線で向き直った。そこには笑顔の欠片もなく、緊張が走る。キャップは、報道崩れのフリーライターだと俺の事も雑に紹介を済ませてしまった。


「法ちゃんは報道を目指す、うちの期待の新人でな。丁度良い、友江。お前この子を連れてな、ちょっと教育してやってくれ」


「は?」

 と疑問符で返すと、

「え?」

 真意を計りたのは向こうも同じらしい。


「それが、俺からの条件だ」

 

 その言葉は、俺と彼女のどちらに向けたものだったのか。何度も頷くキャップだけが、ひとり納得している様子だった。


「伯父さん、何言ってるの。私は報道に」


 勢いよく食い下がる又姪に、

「何だ、上司の言う事が聞けないのか?」

 ギロリと視線だけで黙殺してしまう。


「それ、パワハラよ」


 肩を落とす彼女に代わり、前に出る。


「キャップ。何で俺がこんな小娘の面倒を見なきゃならないんですか」


 教育係なんて、真っ平ごめんだった。


 俺はフリーになった身の上だ。この会社のルールに縛られる必要はどこにもない。彼女は俺の部下でなければ、上司でもないのだから。下らないしがらみを抜け出した俺を縛るものは、この世のどこにもない。


 なんて。


 そう言えたのならどれだけ気楽なものだろうかと、啖呵を切るあらぬ妄想を頭に描きつつ首を縦に振っていた。上司と部下の関係よりも立場の弱い身だ。クライアントの意向に背くような真似は、とてもとても。

 

 歯向かいこそはしない物の歯は立てる。理由くらいは聞いておこうと思い、悩んだ末の言葉は幾泊も変わらない物だった。


「キャップ。何で俺がこのお嬢さんの面倒を見なきゃならないんですか」


「何だ、お前もか」


 ふう、と深く息を吐かれる。


「俺はな、心配しとるんだ。奥さんが娘を連れて出て行ってからという物、お前さんの姿は見れたもんじゃないからな。自棄というか、無謀というか。さすがのお前も、娘の様な奴の前では無茶もせんだろう」


 つまりは見張りも兼ねてと言う事かと、キャップの親心にそっと触れる。やっぱりこの人には敵わないなと半ば関心した所でニヤリと不敵に笑われた。


「手、出すなよ?」


 娘代わりじゃなかったのか、と呆れた。

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