第6話 枯れた狩人
両腕を組みながら椅子をギッと鳴らし、キャップは深く背を預けていった。
「それで、アイドルが務まるものか?」
疑問に思うのも無理はない。アイドルはイメージ商売、スキャンダルはご法度だ。偶像は清廉潔白であることが第一条件で、そうでないと金にならないし、俺も困る。
こくり、頷く。
「みたいですね。其処此処で噂が出回ってはいますが。まあ、表面上では上手く取り繕えているようですよ。騙す相手は彼女のファンです。ころり、簡単な話でしょう」
「そんな物か、どうにもわからんな。昔のアイドルってのはもっとこう、純たる物で。いかにもアイドルらしい覚えがあるぞ」
不満気に顔を歪める。
「より身近になった弊害ですね。ハードルが昔よりグンと下がってるんです。アイドルを名乗る絶対数が増えてますし、毎日会えるというのは誰でもなれるに等しい。ましてvtuberともなれば絵を被る、声だけの存在。そこにプロ意識を持てる人は一握りです」
「だがな、不誠実なアイドルにはファンも黙っていないだろう」
令和のアイドル像に納得しかねている。
「高枝に仇為す不穏分子は、まずティアラー達が黙っていませんからね。彼等の数の暴力でもみ消された噂は数知れませんよ」
「ティ──。何だ、それは」
ティアラー。
高枝が扮する神無利かざりを母体として集まり、彼女を応援する者達によるファンネームの総称。冠飾りを模しているvtuberのアバターから文字ったものと推測される。そう説明したが、今一ピンと来ていない。
「アイドル親衛隊、みたいなものですよ」
と言うと、ああと合点がいったらしい。
「いたいた、昔もいたな。親衛隊か」
「高枝のファンには過激派のファンが多いらしく、vtuber界隈でも悪評が立つ程です。高枝もイエスマン以外はアンチと決めつけ、巧みにティアラーを操り攻撃させていた節がありました。言論統制をし、独裁国家、高枝を唯一神としたある種の宗教に近い」
そう説明していたらキャップはいつの間にか腕を解いていて、やや前のめりになってぶつぶつと呟きだす。俺に聞かせる為にというよりも、自問自答しているという方がしっくりとくる声量で話す。
「宗教。圧力。独裁国家。早井殺し。寺本銀二郎。高枝の釈放。成る程な。ある程度は読めてきたぞ。何か陰謀が蠢いているとお前は言いたいわけだ」
真っ直ぐな目を、真っ正面で受け返して頭を下げる。
「俺に追わせて下さい」
トントントンと、机上に添わすキャップの人差し指が何度もノック音を響かせた。迷うことを嬉しく思う。朽ちたかに思えた報道魂はまだ枯れてはいなかった。だが、返事は生憎と。
「孫に、自転車をせがまれていてなあ」
「はい?」
頭を起こして首を傾げる。目は合わず、横を向いて窓の外を眺めながら言われる。
「補助輪付きの、キャラ物のな。あれ結構するだろ。俺も何かと入り用なもんでな、しっかりと稼いでいかにゃならんくてな。定年まであともう少し、平穏に過ごそうと思っていた所なんだがなあ」
言葉とは裏腹に目は鋭く、たるんだ頬に緩みは見えない。腐っても鯛だ。腐った物にはそうなった理由がある。蓋をせず、その理由こそを報道しろと教えたのはキャップその人だ。腐臭が漂うこの事件。蓋を取らんと欲す、この手を止めるはずはない。
そうだと信じ、切り札をきる。
「内密で寺本巴に会います。相談があると呼ばれました。そこから切り崩していこうかと企んでいます」
寺本巴との繋がりを匂わせると、スンと鼻を鳴らして目を向けた。その目は、孫のプレゼントを選ぶ好々爺のものではなく、かつてギラギラとさせていた狩人の目だ。
ギリギリまで交渉材料を見せなかった事に対する憤りは見られない。最小限で最大の効果をと育てたのも、キャップ自身だ。身内であれ手の内は最後まで見せるな、という教えを地で行く俺に、本家本元はこう返してきた。
「ひとつ、条件がある」
と嗤いながら。
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