第10話:産まれる前からの関係
俺とぐっさんが再会し、日が昇る頃には全てが終わった。
村を囲んでいた魔物は全て駆逐され、その死骸は《炎熱魔法》で灰に。
村の皆の亡骸はぐっさんが指示して、《信仰魔法》を使える人が魔法で分解した。
こっちの世界じゃそれが普通なのだろうが、説明なくやられたせいで危うく襲うところだった。
というか、ぐっさんが咄嗟に止めてくれなかったら危なかった。
そして今、俺がいる場所はと言えば―――。
「フフッ……ぐっさんの背中、あったかいなり……」
「まぁ、くっついてるしな……」
「こうやって触れ合ってると、元の世界のこと……思い出したりしない?」
「そういう思い出は、なかったはずだぞ……」
「じゃあ……これから一緒に、二人でたくさん思い出を作ろうね……」
「二人じゃなくて、クラスの皆も一緒だからな」
―――とまぁ、俺はでっかいヒツジに乗れないので、ぐっさんの後ろに乗せてもらって領地に戻っているところだ。
ただ少し厄介な問題があり、俺とぐっさんの間にいる兄妹の娘さんはともかく、赤ん坊達のミルクを調達する為に、何度も町に寄り道しなければならなかった。
途中、「赤子を連れて旅なんてどうかしてるぜ」「さっさと神殿に預けりゃいい」という言葉が聞こえてきた。
全くをもってその通りだろう。
反論の余地もないし、する気もない。
そして、言うことを聞くつもりもない。
少なくとも、信頼も何もない相手に預けて終わりにすることなんて、俺にはできなかった。
責任だなんて大層なもんじゃなく……ただの、俺が納得したいが為のワガママだった。
「……俺、やっぱアホだと思う?」
「いいんじゃないか? 出立と律華とつるんでた時に比べれば、全然マシだ」
「あぁ~、あれはあの二人がアホでなぁ。いつも俺がブレーキ役やってたけど、全然止められなくてなぁ」
「……おかしいな、こっちの記憶じゃ全員がアクセル踏んでたはずだが」
「なんのこったよ」
一番危ないやつでも、せいぜい「オリジナルの打ち上げ花火作ろうぜ!」って言って花火セットの火薬を抜いて集めてたくらいのはずだ。
あれは綺麗だった……というかド派手だった。
火遊びしたら火傷するって学んだいい機会だった。
ほとんど反応を返さない兄妹の娘にも、いつか見せてやりたい。
そんなこんなで何十日もかけて旅をしていれば、トラブルもやってくるわけで……。
「ぐふぁーふぁっふぁっふぁー! 我らミツマタの盗賊団! 命が惜しければ荷物を置いてきなぁ!」
まだ日が高いというのに、周囲を三十人くらいの盗賊に囲まれてしまった。
村の方じゃ見ないイベントだったので新鮮だ。
「若、どうします?」
「とにかく、慎重に。こっちには赤ん坊と子供もいるんだ」
ぐっさんの部下さん達も武器を抜き、周囲の盗賊達を威圧する。
しかし徐々に包囲網は狭まっていき、いつ爆発するか分からない状況だった。
「ぐっさん、ぐっさん。こういうのってボスを倒したらいいんだっけ?」
「セオリーでいえばそうだが……あいつ、結構やるぞ?」
そんなこちらの声が聞こえたのか、あちらのボスが高笑いしながら語りかけてくる。
「ぐっふぁっふぁ! 吾輩は《剣術》《斧術》《槍術》のスキルレベル4だ! そしてこの全ての武器が合わさったグレートアックスピアソード……これを使うことで、その全てが合わさり、スキルレベルは20だ!」
「……ねぇねぇ、ぐっさん……4×3って12だよね? 異世界だと別のルールが働いてたりするの?」
「いや、12で合ってる……あれは……あれだよ、ちょっと頭があれなんだよ」
「あぁ……だから盗賊なんかしてるのか」
「聞こえてるぞチビ助共ぉ! あれだよ! 他のスキルも合わせたら20になるんだよ!」
ヒソヒソ話が聞かれてしまった、恥ずかしい。
「頭は置いといて、戦闘のスキルを3つも上げてるのは馬鹿にできないぞ。一対一なら、この中で一番強いかもしれない」
―――と、ぐっさんが教えてくれた。
確かにそれは凄いかもしれないが……ただ如何せん、こいつは頭が残念なのが残念だ。
「そんじゃ俺と決闘しようぜ! 負けた方が全員降伏で」
しばらくの静寂、そして―――
『ぶわぁーっはっはっはぁ!』
周囲を取り囲む盗賊全員が笑い出してしまった。
ついでにこっちの味方からは溜息だったり落胆の声が聞こえてきた。
まぁいいけどね、ただのゴブリンがこんなこと言ってたら当然の反応だろうし。
なんにせよ、戦う為にぐっさんの後ろから降りると慌てた様子で引き留められた。
「おいっ、田中! お前、勝算あるのか!? ナイフを持ってるけど、《剣術》スキルレベルが高いとか……?」
「いんや、《剣術》のスキルレベルは3で、《狩猟》のスキルレベルは4だよ」
「はぁっ!?」
ぐっさんが驚いた顔で固まってしまうが、俺は無視して前へ出る。
「うぇっへっへぇ、いつでもかかってきなおチビちゃん。《剣術》スキルレベル3じゃ、吾輩には勝てねぇだろうがなぁ!」
勝利を確信しているのか、ボスはこちらを見下しながら高笑いしている。
あぁ、本当に残念な奴だ……お前さんがヒトでさえなかったら、まだ何とかなったかもしれないのに。
「言い忘れてたけど、《暗殺》と《殺人》のスキルレベルは5だ」
「はっはっ―――――は?」
俺はマントを翻し、砂煙に紛れる。
誰にも姿を見られていない状況で《暗殺》と《殺人》スキルが発動し、相乗効果で身体能力が数倍に跳ね上がる。
そして軽く……それでいて、人を殺せる威力でナイフを投擲した。
「ぬおおぉっ!?」
流石は盗賊団のボスと言うべきか、咄嗟に弾かれて防がれる。
だが地を這う俺の姿までは見えなかったようだ。
蛇のように足元から腰へ、腰から背中へ、そして背中から頭まで登り、もう一本のナイフで盗賊団のボスの右半分を削ぎ落した。
「ひ……ひいいいいぃぃ!?」
削ぎ落したといっても髪と眉毛だけだが、それでも威圧効果としては十分なようだった。
「《剣術》《斧術》《槍術》が合わさる武器って言ってたけど、実際はその3つの内どれかが発動してるだけだから、あんま意味なさそうだよ?」
まぁ使い分けができれば強力な戦力になるのだろうが、ただ合わせてるだけならこの程度だ。
盗賊団のボスは武器と腰を地面に落とし、戦意を喪失してしまっていた。
「さて……降伏しないやつは半分じゃなくて全剃りするけど、まだやる奴いる?」
周囲を取り囲む盗賊団はしばらく困惑していたが、自分たちのボスの姿を見て、全員が武器を落として投降した。
そしてロープで全員を縛り終えてから気づいてしまった。
こいつらどうしよう。
「ぐっさーん! こいつらどうしよー? 貴族権限で処刑するー!?」
処刑という言葉で盗賊団のやつらが震える。
しかし縛られているので逃げることはできない。
生殺与奪の権を他人に任せてはいけないという例である。
「いや、ここだとまだ余所の領地で勝手はできない。次の町で引き渡そう」
「はーい、はいはい」
「"はい"は一回」
「なら"いいえ"は二回? 三回?」
「……好きなだけ言ってくれ」
「いいえいいえいいえいえいえいえーい!」
「お前なぁ……まぁ、いいけど」
呆れながらも、いつもと同じ対応をしてくれるぐっさん、好きよ?
なんだか昔に戻ってきた感じがするし。
うん……昔なんだよな。
元の世界の生活も、最後に会ったのも……もう、十五年も前だったんだな。
出発の準備も終え、またぐっさんの背中に行こうとして―――周囲の護衛の人らが武器を向けて止めてきた。
「どういうつもりだ、お前達!」
ぐっさんが咎めるように言うが、護衛の人らは逆に反論する。
「どうもこうもありませんよ。こんな奴を若に近づけさせるわけにはいかないでしょう!?」
「それは……田中がゴブリンだからか?」
「違う! こいつは《暗殺》と《殺人》のスキルを持ってます! 女子供を何十人も無差別に殺しまわった奴ですら、スキルレベルは1で止まった! こいつはレベル5……異常です!」
――――あぁ……………それは、聞きたくなかったなぁ………。
無差別殺人気ですら、スキルレベルは0だったのか…………。
じゃあ……俺って…………そいつらよりも、危険なんだな。
そんな奴が誰かを助けたいとか、何とかしたいだなんて……おこがましいにも程があるってもんだ。
…………俺、いない方がよかったんだ。
ようやく納得できた気がする。
最初から夢なんて見るもんじゃなかった。
ゴブリンらしく、ただの一人で……いや……ただの一つとして生き、死ぬべきだったんだ。
だからこのまま静かに去ってしまえば、それで終わる話なんだと思い、その場を離れようとした。
「だからどうした! 田中は盗賊団の奴ですら殺すどころか怪我もさせずに収めた。少なくとも、殺人狂じゃあない!」
「今はそうかもしれねぇですけどねぇ、これからもそうだとは限らないでしょう!? いつ気が変わるか分かったもんじゃない!」
「田中がどんなスキルを持っていようと関係ない! 我が名に誓って、こいつは絶対に人を殺すような奴じゃないと保証する!」
それでも……それでも、と……かつての友人の言葉に、足を止めるしかできなかった。
「若ぁ…………あんた、なんでそんなに信じられるんですか?」
「それは、こいつが田中だからだ」
「タナカだから、なんだってんですか!?」
「……私は父と母を信じている。何故なら他人とは違い、産まれてから繋がっている関係だからだ」
そしてそいつは、深呼吸するように大きく息を吸い……ハッキリとした声で宣言した。
「そしてタナカとは、産まれる前から繋がっている。信じる理由はそれだけだが……それだけで、私は命だって賭けられるんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます