第9話:防衛殲滅戦
【夜】
森の中から大量の足音と共にマンマールが共がやってくる。
聞き耳で分かる数はおおよそ五十匹以上……どこにそんなに潜んでいたと言いたくなるほどだ。
村を見たマンマールの目に最初に映るのは重なり合った死体の壁。
大勢のマンマール共はそれを口に入れ、巣へと運んでいく。
そして何匹かは大きな焚火がある奥へと壁を乗り越えてやってきたが、俺は死体の中から這い出し、そいつらを後ろから刺し殺した。
『■■■~~ッ!?』
断末魔に気づいたやつらが一斉に死体の壁を乗り越える。
再び闇に紛れて数匹を始末するが、取り逃がしたやつらが家へと向かっていき――闇の中へ消えた。
小さいが返しのついた溝を掘っており、そのまま進めば杭に刺されて死ぬ罠である。
やつらは月明りもなく、夜目が効かないやつらは罠の存在に気づけない。
だから俺はひたすらにやつらの背後から殺し、取りこぼしたやつらは杭の餌食になっていく。
しかし、溝の深さが足りず、数匹がかかっただけで、そこには死骸の足場ができてしまう。
何匹かの突破を許したところで油に火をつける。
導線のように火は伸びていき、村を囲むように炎の壁が吹き上がった。
炎のない場所は死体で埋まった場所だけで、俺がそこに立ちはだかる。
ゴブリン程度と侮ったやつらが突っ込んできたので、足を切り落として炎の中へと転した。
ここから先に進みたければ俺を殺すしかない。
だが、マンマール程度じゃ俺は殺せない。
「ウオオオオオォォーー!!」
大声をあげて威嚇する。
すでに何匹も死んでいる状況……獣であれば、これで退く。
『■■■■■■ッ!! ■■!!』
しかし、退くどころか壁を乗り越えてきたのは普通のやつよりも四倍も大きなマンマール……恐らくボス格だ。
そいつの号令と共に、一斉に突撃してきた。
正面から転がってくるやつらの手足を、すれ違いざまに切断する。
形見のナイフは血で使い物にならなくなり、ドワーフ鉱のナイフに持ち替える。
再び向かってきたマンマール共を真正面から両断する……切れ味については事前に確かめていたが、まさか血も油もつかないとは、良い物だ。
伝える相手にはもう声は届かないが、それでも心の中であいつに感謝する。
お前がくれたナイフで、俺は殺し続けられてるぞ。
そしてこれからも殺し続けられていけそうだ。
雑魚だけでは相手にならないと悟ったのか、ボスのマンマールが突進してくる。
大振りの棍棒を回避すると、近くにいたマンマールが吹き飛んだ。
駆け抜けざまに足を斬るが、傷が浅い。
ボスのマンマールが近くにいた雑魚をまとめて掴み、こちらに投擲してくる。
散弾のようにマンマールが飛んできたマンマールが地面に埋まり、俺はその時に出た砂煙に乗じて頭の上に乗り、ナイフを突き立てる。
『■■■■~~~!?』
突き立てたナイフをそのまま一気に背中まで引き下ろす。
まるで果物の皮を剝くように、そいつの表皮が剥がれた。
風が吹くだけで痛むせいでボスのマンマールが手あたり次第に暴れ、周囲の雑魚が吹き飛ばされていく。
あのまま暴れさせていてもいいが、子供のいる家や皆の身体がある家まで壊される可能性も考え、両手足を切断した。
「グウウウゥゥガアアアアァァーー!!」
お前たちのボスは死んだと、勝利の雄叫びをあげる。
指示を出していたやつを殺したのであれば、こいつらも逃げ出すだろう。
そう思っていた。
誤算があったとするならば、こいつらの知能が低すぎたことだ。
『■■?』
『■■■■!?』
『■■!! ■■!!』
ボスを殺されたというのに、逃げようともしない。
食う・寝るしか考えていない低能で数しかいない魔物。
今の状況では最悪だった。
やつらは仲間の死骸を踏みつけ、さらに雪崩れ込んでくる。
それを正面から斬り殺していっても、左右から抜けていき、それを追って斬る度にまた別のやつらが抜けていく。
もう殺していては間に合わない。
最小限の攻撃で足を切り落とし、とにかく無力化する方向に切り替える。
一匹、十匹、二十匹……腕だけではうまく進めず、地面でのたうつだけの魔物共が仲間に踏み潰されていき、踏み潰したやつらもまた地面に転がっていく。
一呼吸落ちつけたところで、背後の異変を察知して振り向く。
炎の壁の一部が消えており、数匹が家の中から出てきた。
捨ておいてあるものならばいくらでも持ち帰っていい。
だが、そいつらの口の中には弔うべき人たちの手足が入っていた。
飛び掛かり、斬り殺し、取り返す。
家の中に戻そうとしたが、また別の家に侵入しようとするやつらを見つけ、抱えたまま斬り殺しにいく。
あちらへ、こちらへと、守りたいものを抱えながら戦い続ける。
魔物の波は未だに途切れることはなく、今も押し寄せてきている。
俺だけならば問題ない。
アドレナリンが出て性欲も高まっている今なら、こいつらが二百匹こようと殺し尽くせる。
この手で抱えられる程度であれば、守りながら戦うことだってできる。
俺のチートはそれだけ強くなれる。
ただし、俺の手に収まらないものは守れないし、救えない。
今ほど自分が人間ではないことを呪ったことはない。
もしもヒトだったら、魔法を覚えられただろう。
魔法の才能がなくとも、誰かを守るスキルや、救うスキルを覚えられただろう。
だけど俺は魔物を殺し続けることしかできず、そのせいで今もドンドンと大切なものを取りこぼしていっている。
そして俺はそれを変えられない。
だって俺は――ゴブリンだから。
だからせめて祈る。
殺しながら祈り続ける。
俺はどうなってもいいと。
ゴブリンとして生き、死ぬのも受け入れると。
ただ、どうか…………どうか、せめて俺によくしてくれた人たちだけは救ってくれと。
せめて救われてあれと祈りながら、命を奪い続ける。
自分の行いが冒涜的だと理解しながらも、俺にはそれしかできなかった。
そして俺の耳に絶望が届く。
さらに大きな足音がこちらへやってくる……それも複数。
雑魚のマンマールだけでも手一杯な今、もうどうしようもない所まで来たのだと悟った。
周囲の魔物を振り払い、兄妹の娘と赤ん坊のいる家に飛び込み転がる。
もう無理だ、守り切れない。
だから俺の手で抱える分だけ抱えて逃げるしかない。
五人の赤ん坊に、一人の子供。
殺すしか能がないゴブリンが、救う命を選別しなければならない……なんて性質の悪い冗談だろうか。
深く一呼吸をする。
……俺に赤ん坊は育てられない。
見捨てるのは赤ん坊だ。
兄妹の娘を抱えて、外に出る。
大きな足音の群れは、すぐそこまでやってきていた。
ソレは大きなヤギであった。
ソレは大人のヒトより大きかった。
そしてソレは……ヒトを乗せていた。
「全員、突撃! ヒトとゴブリン以外の全てを駆逐しろ!」
『オオオオオオォォー!!』
まだ成人しきっていないヒトの号令から、一斉にヒツジの騎兵隊が炎の壁をかき分けて突撃する。
速度の乗った圧倒的な質量による突撃は、まさしく鎧袖一触という言葉の通りに魔物を駆逐していく。
そして一匹の騎兵がこちらに近寄り、大きなヒツジに乗る少年が声をかけてきた。
「田中……だよな? 生きててよかったよ」
そいつは俺のことを田中と呼んだ。
俺のことを田中と呼ぶ奴を、俺は一クラス分しか知らない。
「まさか……委員長のぐっさん!? なんでここに!?」
「言っただろ。お前も皆も、集めて守ってみせるって。ただ――」
ぐっさんが辺りを見渡す。
かつて村だった場所は、燃えた家々と、見渡す限りの魔物の死骸と、死体の山しか残っていなかった。
「――すまん、間に合わなかった……」
「いいや、間に合ったよ」
少なくとも俺の手の中にいるこの子と、皆が残した赤ん坊は、奪われずにすんだんだから。
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