第7話:人間性とゴブリン

≪翌朝≫


「寝坊したああああぁぁぁああああ!!」


 それはもう完璧に言い逃れできないくらいに寝坊してしまった。

 いや、ちゃんと朝には起きれたんだよ。

 だけど雨降ってて寒くて、もうちょっと身体が温まってから村に行こうって思ったんだよ。

 ただ、温めてる最中に寝ただけで。


 つまり俺は何も悪くない! 寒いのが悪い!

 ――って言ったら許してもらえないかな?

 ゲンコツ十発から五発くらいには減ると嬉しい。


 ……それにしても、ミル姉さん来ないな。

 あの人が引き摺っても連れて行くって言う時は、ガチで引き摺るはずなのに。


 あ、もしかして雨だから収穫中止なのか!

 ラッキー! 雨ばんざーい!

 代わりに昨日貰った火種がまた消えてたけどな!


 結局のところ、また村には行かないといけないわけである。

 こう、しれっとした顔してたら遅刻を誤魔化せないかな。

 無理か、無理だな、諦めよう。

 人間、何かを期待すると大体しっぺ返しをくらう生き物だって先生も言ってた。


 そういや先生も転生してるっぽいんだよな。

 同じ時期に転生してるから、同い年の先生か……ラブコメにありそうな設定でたぎる!

 でもあの人は人間的に残念すぎるから即座に萎えた。

 まぁ、アホなこと考えてないでさっさと村に行こう、そうしよう。


 コソコソっと村に行って、種火を貰って、オマケで野菜をかっぱらって帰ってくる。

 それだけの話だ。


 そうして雨の中、生皮のコートを羽織って村へ行く。


 村に近づく度に、臭いが強くなってきた。

 何十年も生きていて、一度も嗅がなかった俺の知らない臭い、嫌な臭い。

 だというのに、この臭いに惹かれていた。


 求めていると言わんばかりに、腹がグルルと鳴る。

 けれども、それを好い臭いだと認めてしまったら、自分は本当に後戻りができなくなる気がして、必死に嫌な臭いだと思おうとしていた。


 村の外周から中の様子を伺う。

 村の中央で大きな篝火があり、真っ黒な煙があがっていた。

 皆が革のコートを羽織って、一生懸命に何かを運んでその中にくべていっている。

 どうやら臭いの元はアレのようだ。


 なんだ、村で異常なことなんて起きてなかった。

 皆が作業をしているだけだった。

 おかしなことなんて、何一つなかったんだ。


 俺が近づくと皆がこちらを向く。

 知らない顔、誰かの面影があるように思える顔……その全てが、幸せを表現していた。


「おぉ……まさか、ご同輩! こんな日に出会えるなんて、素晴らしい日ですね!」


 その内の一人が嬉しそうにこちらへやって来た。

 知らない人というよりも、知っているものが組み合わさったような顔……誰かの親戚のような面影があった。


「ご同輩と言われても、俺はゴブリンなんだけど」

「ゴブリン! 初めて見ました! なんにせよ歓迎いたします! さぁ、どうぞワタクシの家へ!」


 嬉しそうに俺の手を取り、大袈裟にブンブンと握手をする。

 そこに敵意や嘘のようなものは感じられなかった。

 この人は本当に俺を歓迎しているのだ。


 家といっても、この辺りに余ってる家屋はなかったはずだ。

 疑問に思いながらもその人のあとについていくと、その人が一人で喋りだした。


「いやぁ、ここの人達は本当に親切な方々です! ここの皆様のおかげで、ようやく人らしく生きられるようになったのですから!」

「まぁ、そこは確かに。いい人ばっかりっすよね」

「あなたも同じ気持ちでしたか! 嬉しい! 同じ気持ちを共有できることの、なんと素晴らしいことか!」


 なんというか、一々大仰な人だ。

 わざとらしささえ感じてしまう。


「そういえば、あなた達って何処から来たんですか?」

「そうですね……とても暗い場所です。指の先すら見えない場所から、気が遠くなるほどの月日を彷徨い続けていたのです……」


 難民……ということでいいのだろうか?

 それにしては元気ハツラツというか……普通、何処からか逃げてきたのなら、もっと疲れ果ててるものだと思っていた。


「我々は欠けたままに誕生し、ヒトらしく生きることができませんでした。だから、ここの皆様には本当に感謝しているのです」

「欠けたまま……?」


 何処かで似たような言葉を聞いた気がする。

 確か……≪欠けた種族≫だっただろうか?


 そうして歩いた先にあったものは……あの兄妹と子供のいる家。

 招かれて入った家の中からは、思わず喉が鳴るほどの猛烈な臭いが充満していた。


「ワタクシは、ここのお二人のおかげで人間性を取り戻すことができました。だから誓ったのです、このお二人の分まで生きると!」


 上腕、前腕、手、指、爪。

 大腿、下腿、足、足首、踵、爪先。

 下半身、下腹部、背中、胸部。

 首、頬、耳、鼻、口、眼、額、頭。


 近くに見覚えるのあるナイフが刺さってなければ、誰のものだったのかが分からないくらいに…………パーツは綺麗に並べられていた。


 ソレの隣に、震えている毛布があった。

 並べられたパーツの隣で、小さく震えていた。


 小さく息を吐き、悦に入ってる奴に尋ねる。


「この子には……何もしてない?」

「ええ、もちろんです! もう欠けた仲間はいませんから必要ありません。あぁ、必要ないというのは良くない言い方ですね……謝罪いたします。本当にごめんなさい」


 そう言って、こいつは頭を下げた。

 他の事には一切言及せず、言い方が悪かったという理由だけで。


 俺は震える子に近づき、その顔を覗き込む。

 その瞳には何も映っておらず、あらゆる感情が引き抜かれたような顔だった。


 こんなクソみたいな篭の中に、誰かが入ってきた。

 俺の知らない顔だった。

 見覚えのあるものは、そいつの指にあった指輪と、持っていたものだけだった。


「すみません、この腕はどうしたらいいでしょう」

「あぁ、この方ですか。この人の抵抗で、我々は三人も失ってしまいました。しかし、今の我々はヒトです。無碍にせず、外の方と一緒に丁重に焼いて弔ってさしあげましょう」


 その腕には見覚えがあった。

 何度も殴られたことがあった。

 何度も捕まったことがあった。

 何度も撫でられたことがあって…………そして何十年も前に、ほんの少しだけ、抱かれたことのあった腕だった。


 呼吸を整える。

 やるべきことを頭の中に並べる。

 机に刺さったナイフを取った。


 そんな俺に気付かず、話を続ける。


「そういえば、赤子も見つけたのですが、どうしましょう?」

「もちろん、大切に保護して育てましょう。その子らも、我々と同じこの村で暮らす同胞なのですから」


「…………ハッ」


 渇いた笑いが出てしまった。

 奪った奴らが、その口で奪われた赤子を大切に育てると言っている。

 あまりにも性質が悪い冗談だった。


「あぁ! もちろん、そちらの子も大切に育てますとも! 両親がいなくとも大丈夫です、今日からはワタクシがあなたの親になりましょう!」

「まぁ! それは素晴らしい! 新しい家族の誕生だなんて……今日はなんて良い日なんでしょう!!」


 何を言っているか分からなかった。

 分からないから、腕を持っていた奴の腹にナイフを突き刺し、一気に引き下ろした。


「……ぇ? ……ぉ、ご………ぁ……?」


 生温かい血の洪水が、俺の頭に降り注ぐ。

 雨の日は最悪の気分だ。

 今日一番、それを痛感している。


 そうして血に塗れた俺を見て、クソな奴が悲しそうな眼を向けてきた。


「あぁ、なんということを……もしや、この腕の方と親しかったのですか? だから殺したと!?」

「だったらなんだよ」

「いえ……可哀相な方だなと……そう思っただけです」


 ……可哀相だと?

 ゴブリンの俺が可哀相だと、こいつは言ったのか?

 小さく震えてる子を差し置いて、俺の方が可哀相だと?


「確かに我々≪欠けた種族≫は未完成でした。しかし、今は違います。完成し、ヒトに成ることができました。そんなワタクシ達を殺した所で、大切な方々は戻ってきません。意味の無い行為です!」

「あんた……この子にもそう言うのか? 両親をバラバラにされたこの子に、同じことを言えるのか……!?」

「その子はまだ七歳ほどでしょうか。ならば、まだ取り返しがつきます。これから何十年もかけて、真摯にその子と暮らし……そして、愛を以って、その子を癒しましょう! だって……大事な家族なんですから!」


 こいつは本気でそう思っている。

 これから一緒に暮らしていけば、その傷が癒えると信じている。


 だから殺した奴らと一緒に暮らそうと、前の親のことなど忘れてしまえと言っている。


 あの兄の言っていたことを思い出した。

 確かにこいつらは欠けている。

 手とか、指とか、そういうものじゃない。


 最初から、ヒトとしての心というものが欠けていた。


「なぁ……あんた、自分のこと未完成だって言ってたよな。完成して、何を手に入れられたんだ?」

「そうですね……やはり、ヒトらしさというものでしょうか。今まで奪われていたものを取り戻したことの、なんと素晴らしいことか! ……我々はようやく、人間性を取り戻したのですッ!!」

「そうか――――なら、」


 俺は大仰に叫ぶそいつの喉に、ナイフを突き立てた。


「取り戻した人間性に後悔しながら、死ね」

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