第5話:村のタナカゴブリン

≪十数年後≫


 味を覚えた熊は、再び山を下りてくるというのを聞いた覚えがある。

 殺されるかもしれないのに、馬鹿な熊だと思っていた時期もあった。

 けど、今はそう思わない……だって、俺も同じことをしているんだから。


 もう森の中だけでは満足できなくなった俺は、朝日も昇らない内に人里の中に侵入、獲物を見定める。

 俺を止められる奴は、何処にもいない。

 

 さぁ、ゴブリンの本能に赴くまま、貪りつくそう。


「ヒャアァッ! 新鮮なトロピカ果肉うめぇ!」

「収穫前に食うなドアホウッ!」

「ングホァッ!?」


 背後からクワで思い切り頭をどつかれ、思わず痛みで地面を転がりまわる。

 村の守人……もとい、畑の所有者が現れた!

 コマンド……たたかう! ただし口で!


「子供の頃は野菜を食えと言いながら! 大人になったら食うなと言う! その醜いエゴを、どうして正そうとしない!?」

「勝手に食うなって言ってんだよ、このアホタレ!」


 それはそう。

 だけど、それを認めると負けてしまうのでまだ戦うぞ俺は!


「お願いします! 家に病気の妹がいるんです!」

「おめぇ、最後の一人で家族いねぇって言ってたろ」

「……いるんです! 本当です! 今も頭の中で"オニイチャン、ガンバッテ!"って応援してるんです!……モグモグ」

「アホなこと言いながら食い続けるんじゃねぇ! タナカゴブリン!」

「ベバッブチ!?」


 再び頭にクワが下ろされる……このままじゃ頭が耕されてフサフサになってしまう。

 ……本当に、生えたらいいのになぁ。


「ったく、朝っぱらから疲れさすんじゃねぇ。ほれ、手伝ったら分けてやっから働くべさ」

「うぇーい」


 そうして俺は、奴隷のようにこき使われるのであった……。

 クッ、ゴブリンに人権がないばかりに……!


 そうして素手で収穫やら何やらしていると、パラパラと他の人たちも集まってきた。


「おっ、タナカゴブリン。今日もひでぇツラだなぁ」

「タナカゴブリン、おめー今日も盗み食いに来たんか? 自分の畑でも作れや」

「タナカゴブリン、そっち終わったらこっちも頼むぞ~」

「俺は! タナカゴブリンじゃねぇ!!」


 あれから何度も村に来ているのだが、いつの間にかタナカゴブリンと覚えられてしまった。


「何度も言ってるけど、俺はタナカで、ゴブリンは種族!」

「おぉ? だからタナカゴブリンだべなぁ」


 いくら訂正してもこんな始末で、ここいらの皆は人の名前に無頓着すぎる……。

 まぁこの人ら……というか、村くらいの規模だと名前がないのが普通らしい。

 "果肉畑の奴"とか"水汲みのセガレ"とか、そういうので片付いてしまうのだ。


「オッサーン! こっちの石どけ終わったぞー!」

「おっ、やっぱお前さんがやると速ぇな。農業のレベルも上がってきてんじゃねぇか?」

「いーまーはー……レベル3なんで、まだまだっすね」


 流石は異世界というか、こちらでは様々なものにレベルが存在している。

 狩猟・釣り・格闘・剣業・魔法と多種多様だ。

 確かレベル0でちょっと使える程度、レベル5で一人前らしい。

 レベルの上限は人によって決まっているらしく、どれだけ努力してもレベル3のままって人もいるらしい。


 ただ、狩猟レベル4だと弓の扱いもかなり上手いが、弓業レベル3には劣るらしい。

 狩猟には罠の設置なども含まれており、そのせいで専門のものには劣るのだとかなんとか。


「レベル3でそこまでやれるならたいしたもんだぁ。こりゃ、ワシが死んだらおめぇさんにこの畑を継がせてもいいかもしれんなぁ」

「おやっさん……………そこ、息子に継がせるとか言ってなかった?」

「おお、だからおめぇさんが畑を耕して、セガレがそれを食うって寸法よ」

「俺にメリットよこせよ! 娘さんができたら浚うぞコンチクショウ!」


 耕すだけ耕してポイは、奴隷よりも扱い悪いのよ。

 あぁ、ゴブリンだからそれが正しいのか。

 でも俺はその正しさに反逆する!


「うーっし、畑はもうええやろ。タナカゴブリンは休んでってええぞ」

「そんじゃ野菜貰ってきます! アザマス!」

「待て待て待て! 生で食うな! せめて料理してけ!」

「えー……素材の味って、味がありません? 味だけに」

「おめぇさんは野生味が強すぎるんだよ!」


 まぁいつも火が使えない生活だし、村にいる時くらいは火を通したものを食ってもいいか。


「というわけで、新婚さんのおうちにお邪魔しまーす!」

「うおぉ!? タナカゴブリンか、朝からご苦労様だけど土くらい落としてから入ってくれよ」

「土がダメでゴブリンがいいってのは逆だと思うんだけどなぁ」


 とはいえ、家主に逆らうわけにもいかんので土を落としてから、昔に助けた兄弟の家にお邪魔する。


「ハァー、疲れた。妹ちゃん、野菜貰ってきたからこれで何か作ってー」

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」


 野菜を渡して椅子に座っていると、小さな足音が聞こえてきた。


「あ、タナカゴブリン。おはよーう」

「おう、おはよう。今日も元気そうで何よりだ」


 今は七歳くらいだろうか、兄弟の子供がやってきて、自然と俺のところへ座ってきた。

 これが膝の上とかならまだ可愛いのだが、俺を押しのけて椅子の半分を奪ってくるのだから性質が悪い。

 それでもまぁ、ご飯を楽しみにしている顔を見ていたらどうでも良くなってきた。


「……タナカゴブリン? ウチの娘をそんなに見てもやらないからな」

「いや、兄弟で子供を作ってるのが信じられなくてなぁ。元気ならいいんだ、うん」


 ここだけなのかもしれないが、兄妹で子作りというのは禁止されておらず、自分が昔助けたこの二人も、兄妹だが結婚して子供をもうけている。


「……なぁ、今まで兄妹で子供作って問題があったとかないの? 例えば未熟児とか、指が一本足りないとか」

「ハァッ!? お前、馬鹿なこと言うなよ! オレらは≪欠けた種族≫じゃねぇよ!」

「いやいや、言ってないよ。ただ。そういう子供が生まれたって聞いたことない?」

「ないない、そんなのないよ。≪欠けた種族≫じゃねぇんだから。あ、見かけても近づくなよ? 危ないからな!」


 ≪欠けた種族≫……いわゆる、身体に問題や欠損のある人物のことだろうか。

 まぁ、同じヒトだと思いたくないから、別物だってことにしたいのかな。

 そこら辺の政治やら因習やらはめんどくさいから考えないようにしよう、俺には関係ないし。


「あれ、タナカゴブリン怪我してる? 治すよ」


 そう言って二人の子供が俺の頭に手をかざすと、淡い光が漏れ出てきた。

 決して俺の頭部から発せられているわけではなく、信仰魔法というものらしい。


 ヒトは基本的にどんなものでも覚えられる。

 農業・魔法・格闘など、基本となるレベル0までは習得できるらしい。

 だが一部は本当に才能がないと覚えられず、信仰魔法もその一つらしい。


 なので、この子は村も重宝されているのだが……。


「む~ん……あれ、治らない……」

「残念だったな。ゴブリンにゃ魔法が効かねぇんだ」


 そう、ゴブリンの俺には魔法の効きがめっぽう悪く、その恩恵にあずかれない。

 それどころか魔法そのものの習得が不可能になってる。


「そうなんだよな。だから魔法が使えないし、そのせいでしょっちゅう火種を貰いにウチに来てた時もあったよな」

「だってしょうがねぇじゃん! 雨降ったら火ぃ消えるもん! 魔法でチョチョイって出せるんだからケチケチすんなよ!」


 ということがあり、一度は村から逃げたものの、何度もお世話になっていき、今では畑やらなにやらの手伝いをしに来てたりするわけだ。

 あーあ、魔法が使えたらもっと生活が楽になるのになぁと不貞腐れ、子供がその俺の頭や顔を掴んだり引っ張ったりして遊ぶ。


「なぁ、産まれた時から俺の顔で遊んでるけど、そろそろ飽きていいんじゃないか?」

「えー? タナカゴブリンの顔、楽しいよ」


 自分で言うのもあれだが、ブッサイクなこのツラを見て楽しいと言えるこの子の審美眼が不安だ。


「はい、もんもろスープよ。熱いから気をつけてね」

「よっしゃぁ、待ってました! いただきやぁす!」


 妹さんが持ってきたスープをかっさらい、一気に飲む。

 熱い……そう、熱い! 森の中じゃ味わえない、文明の味だ!


「スープ一つに大袈裟な奴だな」

「うるせぇ! お前も森で過ごせばこうなるわ!」

「いや、森はもうこりごりだよ。あの時、お前に助けてもらえなかったら、オレらはいなかったし……そうだ! お前、ナイフ欲しがってたよな」


 そう言って兄の方が戸棚から大振りなナイフを持ってきた。


「これ、ドワーフ鉱石のナイフらしい。タナカゴブリンには命を助けて貰ったけど、ちゃんとしたお礼はしてなかっただろ?」


 マジか、わざわざズボンを盗んでいった俺に?

 ズボンだけじゃなくて、他にも色々と世話になったのに、こんなによくしてもらえて……正直、もの凄く嬉しくて口角が上がってしまう。


「オレには親父のナイフがあるからな。それはお前が使うといいよ」

「おぉ……まじでサンクス! 超感謝してる! でも新品のナイフなら、そっちのと交換した方がいいんじゃね?」

「いやいや、命の恩人にお古を渡すとかねぇ?」

「そういえば聞いたことがある。中古品の方が使われていた分、ちゃんと使えることが保証されていると……まさかとは思うが、これ不良品かもしれないから、体よく押しつけようとしてないよな?」

「おいおい、オレがそんなことすると思うのか? もう十年以上の付き合いだろう」

「じゃあ、これがイキナリ壊れたらエロいことするけどいいな?」

「おい! 妹と子供には手を出すなよ!」

「分かった。じゃあお前に手ぇ出すわ」

「……スゥー……まぁ、ほら、お前は損しないし、いいじゃん?」


 お前、これが呪いの品とかだったら覚えてろよ。

 毎晩枕元でゴブリンの囁きボイスをお届けするからな。

 とかやっていたら、勢いよく扉がブチ開けられた。


「タナカゴブリンはいるかぁ!!」

「きゃー! 誰か男の人呼んでー!」


 入って来たのは通称ミル姉さん、俺以外の珍しい名前持ちの人だ。


「あんた明日ヒマだろう? ヒマだよね? よし、綿毛花の繁殖地を見つけたから、皆で収穫行くけど、あんたも来るんだよ!」

「ちょっと姉さん強引すぎ……イダダダ! 姉さん! 頭掴まないで! ブンブン回さないで!」


 ちなみに身長は二メートルを超え、超筋肉質で腕が俺の胴体より太い。

 ラリアットで大木を折ったこともあるとか聞いたことがある。


「どうせあんた毎日ヒマしてんだろ? ならこっち手伝いな!」

「暇じゃないですぅー! 毎日汗水たらして食べ物探してるんですぅー!」

「そんじゃウチの野菜やるよ、だから明日は来な!」

「あー! 連れてかないで! 助けて誰かー! 蛮族に拉致されまーす!」


 そんな俺の叫びもむなしく、兄妹とその子供は和やかに手を振り、ドナドナと連れて行かれる俺を見送る。


 そうして俺は怪獣ミル姉さんの家に連れ込まれてしまった……。




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