後日談③ 宅飲みはわちゃわちゃと

「え、なんでキム兄がいんの」

「よう倉田。元気だったか。…随分落ち着いた髪になってんな。珍しい」

修吾はリビングに入ってきた、落ち着いた茶髪に染め直された佐那の髪を意外そうに見た。そして、彼女が下げるコンビニのビニール袋から薄く透けて見えた中身に修吾の眉が上がる。

「隆宏さん、拓海さん、お久しぶりです。今日はお付き合いいただいてすみません」

困惑する佐那の後ろから奏多が二人に挨拶をすると、二人は「こちらこそ、お招きいただきありがとう」「カナちゃん元気だった?」と口々に言う。拓海の問いに奏多はおかげさまで、と律儀に答える。

その四人の様子を佐那は完全に困惑した顔で見ていた。「え、何これ。ナニ会?」と佐那が眉をひそめて奏多に問うが、奏多は餃子パーティーだよう、と楽しげに言うだけで肝心の質問には応えない。


「とりあえず、倉田も座れば?」と修吾がローテーブルの開いている一辺を指せば、「え、なんでキム兄が仕切ってん」と眉を寄せたまま修吾に言う。

「…ふふ、はははっ!!!…ここ、俺んちだよ」もう耐えられなくなった修吾が腹を抱えて笑う。

「…はあ?…じゃあなんでカナ…。…ええええええ?!うっっっっそでしょ?!マージで?!」

愉快気に餃子を包む奏多とリラックスしきっている修吾の姿に何が起きているかを理解したらしい佐那は、眼球が零れ落ちるのではないかと言うほどに見開いた目で彼女と修吾を交互に見た。

「じでまー」

奏多が餃子を包む手は止めずに、照れたような笑顔で言う。


「まあ、そういうことで。座んな?」と修吾も続ける。

「うわあ…。マジかあ…」

修吾に促されるままテーブルに着いた佐那は、もう一度まじかあ、と呟きながらキッチンに立つ楽し気な奏多をしばらく見つめていたが、ふとそんな自分を見つめる二人分の視線に気づく。

「あ、すみません、ご挨拶遅くなりまして…倉田佐那と言います。奏多の友達です」

「コンバンワ、修吾の友達の佐々木拓海です。…まあ、びびるよねえ?」

「瀬川隆宏です。いいリアクションが見れて楽しかった」

「いや、っつーか…え、キム兄淫行じゃね?」

佐那がオブラートに包むこともせずに言った一言に隆宏と拓海は腹を抱えて笑った。

「高校生の間はなんもしてねえよ」苦い顔でいう修吾に「そうだよ」と奏多がキッチンから言う。

それとともに、ジューといい音と香りが部屋に満ちてくる。


「サナ、何飲む?緑茶でいい?」

フライパンに蓋をしてひと段落着いたらしい奏多が佐那に問うと、「…あー…」とちらりと佐那は修吾に目をやった。

「もうお前生徒じゃないから、いいから出しな」

口の端を上げた修吾がその目線の意図に気づいて佐那に言うと、気まずげに佐那はコンビニの袋から缶チューハイを取り出した。

それでも、未成年らしくアルコール度数が三パーセントの、修吾からすればジュースのような酒だった。 


「…餃子って聞いたから…まさかキム兄がいるとは思わなかったから」

「ええ、佐那もうお酒飲んでるの?!ずるいくない?!」

「…カナの分も買ってあるよ」ほら、こんなに。と、確かにコンビニに並べられている全種類を買ってきたかのようなラインナップを奏多に見せる。

奏多が物欲しげな目で修吾を見るので、修吾はさてどうしたものか、というような顔になる。その修吾の顔を見て隆宏が口を開いた。

「いいだろ、宅飲みだし。大学生になったなら、少しはお酒慣れておかないと逆に危ないんじゃないか」

「どうせカナちゃんここに泊まるんでしょ?」

まあ、そうだけど。というような顔を見合わせる二人。佐那がええええマジか、やばと漏らす。

「…飲みすぎないなら、まあいいよ。二人とも」

やったあ!と喜ぶ未成年二人はコンビニの袋から思い思いの缶チューハイを取り出して、ようやく五人で乾杯することができた。


「はい、お待たせしましたー!」

乾杯をしてから間もなく、第一弾です、という餃子が運ばれてくる。まるで店で見るような完璧な円形に焼かれたそれに、否応なくテーブルに着く四人は喉を慣らした。

「いただきます」

「熱いから気を付けてね」

丁寧に手を合わせる修吾に奏多がキッチンから言う。

「うわあめっちゃうまそうじゃん」と目を輝かせる拓海に、「お口にあえばいいんですけど。結構しっかり目に味つけてるので、そのままでいいかもしれないです」と奏多が嬉しそうに言う。

奏多はキッチンに缶チューハイを持ち込み、チビチビ飲みながら餃子を焼いていた。

やめてもらいたいような、でも止めるのも申し訳ないような気持ちで修吾はちらちらとそちらの様子を窺っていた。

今のところ特に酔っているような気配は見られなかった。


「うんま、さすカナ」餃子を一口食べた佐那が目を丸くして言う。

「…うん、これは美味い」めったにそんなことを言わない隆宏までが感想を口に出した。

修吾も漂う香りに我慢できず一つつまむ。

どうやって包んでいるか不思議になるくらい限界まで餡が詰め込まれた、そのパリッと焼かれた皮から香るゴマ油の香りと、そのあとににじみ出てくる肉汁、その肉汁の中で踊るようなシャキシャキとした野菜の食感。うわ、うま。と修吾の顔もほころんだ。

「…美味い。奏多はホント料理上手いな」降参とでも言いたげな笑顔を浮かべた修吾が奏多に言う。

「良かった。それ、実はほとんど野菜だから。いっぱい食べても大丈夫だから、沢山食べて欲しい。まだまだ焼くからね。重くならないように皮も一番薄いの選んでるから。あと、ニンニクも匂いが残りにくいの使ってるし」

「…なんか手伝うか?」ずっとキッチンに立ちっぱなしの奏多を気にした修吾に、「天然の切り干し大根を作る人は黙って食べててくださーい」と第二段を包み始めたらしい彼女は楽しげに言う。


「カナちゃん、将来料理研究家にでもなるの?」

「いえ、料理は趣味で。手間暇かけて作ってもらった料理をおいしそうに食べてもらえるのは嬉しいです」

「カナ、尽くす系女子だったの」

「別に尽くしてはないよ。料理作るのが好きなだけ。だって、先生の顔見てみ?面白いの。すごい」

佐那の存在に久しぶりに彼の呼び名が『先生』に戻る。ん?と佐那の視線に促されるように修吾がもう一つ餃子を口に含むと、んー、と彼の顔にこらえきれない笑顔が浮かぶ。ほらそれ。と奏多が言うと、その場にいた全員が笑顔になる。

良かった。と奏多が漏らす。ご飯は温かく美味しく食べるのがいいよね。

無意識に発せられたであろうその言葉に、彼女の昏い過去を垣間見ている男たち三人は、その言葉の裏に隠されているかもしれない光景に少しだけ表情を曇らせた。


「かな、おいで」いたたまれなくなった修吾が呼ぶと、第二弾を焼き始めて一息ついたらしい奏多が修吾の隣に寄ってくる。

既に第一弾の皿は空っぽになろうとしている。そこから一つ餃子をつまんだ修吾は彼女の口の中にそれを押し込んだ。んー、と幸せそうな顔をする彼女に修吾はほっとした笑顔を向ける。

そのあとで、驚愕する三人に「その顔やめろ」と呆れたように言った。


「うわあアチュラチュじゃん」

「日本語喋れよ、何ソレ」

「ええ?ラブラブってこと」

「ちょっとはおっさんたちにも手加減して話してほしいなあ」

「あ、さーせん。そっかあ、だから陽斗のことずっと断ってたのかー。なんで付き合わないのか不思議だったんだけど」

「陽斗は友達だよ」奏多は空になった餃子の大皿を嬉しそうに見るとそれを持ってキッチンに戻っていく。

「ホントは陽斗も呼びたかったんだけど」

「ええ、やめてくれよ流石に。俺殺される」

「そうだねえ、もうちょっと先だよねえ」

楽し気に笑いながら奏多が第二弾の餃子を持ってくる。


「お口にあいます?まだ食べれそうですか?」主に隆宏と拓海の様子をうかがいながら奏多が尋ねた。

「今まで食べた餃子の中で一番うまい」

意外にも一番最初に口を開いたのは隆宏だった。わあ、よかったと奏多が笑顔になる。

隆宏は餃子を一口齧ると餡の中をしげしげと覗き見た。「これ、キャベツ塩もみしてる?あと、もしかしてひき肉作った?」

「…よく分かりますね」奏多が目を丸くする。

「ひき肉作ったってどゆこと」

「正確には、ひき肉に、叩いたブロック肉を混ぜてます」

「市販のひき肉だとこんなに肉っぽい食感出ねえの」

「へえ」講釈を聞きながら拓海がもう一つ餃子を口に含むが、あまり興味はなさそうにただ美味いと言いたげに目を細めた。

「お前らね、作る方の苦労も考えながら食ってやれよ」

「いえ別に、美味しく食べてもらえればそれだけで」奏多が苦笑する。

「瀬川さんもお料理されるんですか?」

「いや全然。俺、フリーのライターやってるの。昔、料理に関するコラム持ってたことあるからその時の知識」

「ライターさんなんですか?」奏多の驚いた声に、修吾がああそうだった、と彼女の進路をようやく思い出す。


「こいつ、出版社で編集やりたいんだって。お前コネ無いの」

「編集ーーーー?!」

修吾が苦り切った顔になる。奏多は隆宏の話に興味を引かれたように修吾の横に腰を下ろした。

「やめた方がいいですか?」

「いや…。やりがいある仕事だと思うよ。激務だけど。…ライターとか作家は編集と結構ぶつかること多いから、俺は苦手意識があるだけ。カナちゃんみたいな可愛い子が担当についてくれたら喜んで原稿書くんだけど。

コネ、無くは無いよ。もし就活するときにも気が変わってなかったら連絡しておいで?」

「ありがとうございます。良かったらまた今度、お仕事の話とか聞かせてもらえますか?」

「もちろん」

まんざらでもない顔をする隆宏を修吾は目をすがめて見た。

その姿に、「キム兄、顔に出過ぎだよ…」と佐那が失笑した。

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