月のレール

口羽龍

月のレール

 美佳(みか)は山形県に住む高校3年生。美佳の住む内島(うちしま)は過疎化の進む集落で、冬は深い雪に覆われる。美佳は地元の小学校、内島小学校出身だが、その小学校は美佳の卒業と共に閉校になったという。それから中学校と高校を実家から通い、そして、大学受験を控えている。美佳が目指しているのは東京の大学だ。もし合格すると、東京に引っ越す事になるけど、それは豊かさのためだ。東京で大きくなって、両親を楽にしたいと思っている。


「はぁ・・・。大学受験、頑張らないとな」


 美佳は勉強を頑張っていた。中学校、高校とソフトボール部で頑張っていた。だが、全国大会には行けなかった。だけど、楽しい日々だった。その日々を胸に、これから東京で新しい生活を送っていきたいな。そして、大きく成長したいな。


「何としても東京の大学に行かないと。そして、豊かな生活を手に入れないと」


 美佳は少し休憩する事にした。外からは虫の声が聞こえる。まだまだ暑い日が続くが、徐々に涼しくなってきている。次第に秋らしい天気になってきた。そしてそれは、入試が迫っているのを予感させる。


 ふと、美佳は小学校の卒業写真を開いた。内島小学校の最後の卒業写真だ。そこには生徒がみんな写っている。生徒はみんな楽しそうだ。内島小学校が閉校になるのに、どうして笑っているんだろう。よくわからない。


「あれ?」


 と、美佳は写真の中からある物を見つけた。それは、6年生の頃の担任の先生が抱いている白いウサギだ。とてもおとなしくて、かわいい。この小学校の生き物係が飼っていたウサギで、名前は『シロ』。雪のように真っ白だからそう名付けられたという。


「シロちゃんだ! 懐かしいなー。そういえば今年、死んじゃったんだよなー」


 シロは今年、12歳で死んでしまった。小学校に入学した頃からいたウサギだ。どの先生や生徒からもかわいがられ、この小学校のアイドルのような存在だったという。だが、閉校に伴い、別の所に引き取られる事になった。引き取ろうとする人はなかなか見つからなかったものの、名乗り出る人がいた。それは、地元を走っている第三セクター、永村鉄道の社長だ。無人駅となってしまった内島駅で飼う事になり、その世話は美佳の母、瞳(ひとみ)がする事になった。使わなくなった改札のラッチの上にかごがあり、その中にシロがいたという。毎朝、その姿を見て駅を行き来する人々は、みんなシロが好きで、かわいがっていたという。


 そんな姿を見て、社長はシロを内島駅の駅長にしようと考えた。最近、動物を駅長にして客を招こうというのが盛んになっているので、ここでもこのウサギを駅長にしようと思ったようだ。それ以来、シロは『駅長さん』と言われ、親しまれたという。次第に永村鉄道は、シロをマスコットにし、グッズも販売するようになった。赤字が続いていた永村鉄道はシロに会うために多くの人々がやってきて、テレビやYoutubeでも話題になった。そして、シロを題材にしたグッズはよく売れたという。




 美佳は高校生になると、高校に通うために永村鉄道を利用するようになった。決まった時間にやってきて、決まった時間の列車で高校に向かう。


「おはようございまーす」

「おはよう」


 美佳が内島駅にやってくると、かつての小中学校の後輩が来ている。彼らも同じ気動車で高校に向かうようだ。そして改札のラッチには、いつものようにシロがいる。


 そして、気動車がやって来た。それと共に、彼らはホームに向かった。内島駅のホームは1面2線の島式だが、駅舎とホームが少し離れている。この間には貨物ホームや留置線があったらしいが、今は使われておらず、草木が生い茂っている。


「シロちゃんもおはよう。行ってくるね」


 美佳はシロに手を振った。そして、気動車に向かった。


「行ってらっしゃい」

「行ってきまーす」


 その奥で、瞳が見送っている。改めて美佳は挨拶をした。そして、他に乗る高校生もシロに挨拶をして気動車に向かった。


 それが高校に行く日のお決まりだった。そして帰って来たときは、いつものようにシロにただいまの挨拶をする。これも楽しみだった。


 だが、そんな楽しみは、突然終わった。夏も終わりに近づいた8月30日、朝から騒がしい事になっているのに気が付いて、美佳は起きた。そんな事はなかったのに。よほど大変なことがあったんだろうか? 美佳は1階に向かった。


「おはよー」


 美佳はリビングにやって来た。だが、瞳が泣いている。何か悲しい事があったんだろうか?


「あれ? どうしたの?」

「シロちゃん、死んじゃったの・・・」

「そんな・・・」


 美佳がテレビを見ると、シロが死んだというニュースが流れていた。まさか、死んだとは。毎朝、そして帰ってくる時に挨拶をしたのに、突然こんな日がやってくるとは。美佳は呆然となった。




 それから数日後、シロのお別れ会が行われた。そこには社長はもちろん、永村鉄道の社員がみんな集まったという。それだけではなく、内島集落の人々が集まった。中には涙する人もいたという。


「駅長さん、ありがとう」


 社長や社員は敬礼をし、内島駅にいたシロをたたえた。


「君が来てから、内島駅は有名になり、人であふれた。その賑わいで、永村線が救われたとか。本当にありがとう」


 ある社員は涙ながらにシロとの思い出を語った。それと時同じくしてなく社員もいた。


「これからは、名誉駅長として、遠く離れた月から、この駅を見守っていてください。長い間、ありがとうございました」


 シロは死んだが、これからは内島駅の名誉駅長として、内島駅を見守る事になった。きっと、月に帰って、この駅を見守っているんだろう。そう思うと、社長も泣けてきた。


 そして、気動車がやって来た。気動車には、シロが月に向かう列車に乗っているヘッドマークが付いている。シロを追悼するために作られたヘッドマークだ。


 社長は泣きながらホームに向かった。発車の合図をするためだ。


「出発、進行!」


 気動車は大きな汽笛を上げて、内島駅を発車した。ホームに集まった人々は、手を振っている。その人々の中には、美佳もいる。


「ありがとうー!」

「ありがとうー!」


 そして、気動車は駅の構内を後にした。誰もがその様子を見ていたという。




 その事を思い出すと、涙が出てくる。だけど、涙を拭いて先に進まないと。


「もう会えないのか。寂しいなー」


 美佳は時計を見た。午後11時だ。そろそろ寝る時間だ。明日も高校だ。居眠りしないように早く寝ないと。


「もうこんな時間か、寝ないと」


 美佳は電気を消し、ベッドに横になった。今日は十五夜だ。シロは今頃、月でどうしているんだろう? 今日も内島駅を見ているんだろうか? 全くわからない。




 深夜2時ぐらいの事だ。美佳は気動車のアイドリング音で目が覚めた。こんな深夜にアイドリング音なんて、どうしたんだろう。


「ん、何だろう」


 美佳はカーテンを開けた。内島駅には1両の気動車が停まっている。こんな夜遅くに何だろう。美佳は首をかしげた。


「えっ、列車?」


 美佳は不思議に思い、内島駅にやって来た。駅周辺はとても静かで、家の明かりはみんな消えている。そんな中で、内島駅は明かりがついている。


 美佳はラッチを抜け、ホームに停まっている気動車に向かった。その気動車の行き先方向幕は『月』だ。だが、美佳は気にしなかった。


 気動車の運転台を見て、美佳は驚いた。運転席に座っているのは、シロだ。どうしてシロが運転席にいるんだろう。まさか、この気動車を運転しようというんだろうか?


「し、シロちゃん?」


 美佳に気づいたシロは、美佳を見つめた。まるで乗ってほしいと促しているようだ。


「乗るように言ってるの?」


 美佳が気動車になると、気動車のドアが閉まった。まるで美佳を待っていたかのようだ。


 気動車はエンジン音を立てて内島駅をゆっくりと発車した。だが、こんな深夜に、どこに行こうというんだろう。全くわからない。


「どこへ向かうんだろう」


 内島駅の構内を離れた気動車は、鉄のレールから分岐して、光のレールに入った。その光のレールは、ぐんぐん上がっていく。普通ではありえない勾配だ。


「えっ、上ってく!」


 その様子を、美佳はじっと見ている。どこに行こうというんだろう。内島の集落がだんだん小さくなっていく。気動車はだんだん上っていく。


「どこに行くんだろう」


 気動車はあっという間に成層圏を抜け、地球の外に出た。光のレールはその先に続いている。宇宙に出たが、息ができる。どうしてだろう。何か、不思議な力で息ができるんだろうか?


「地球を離れてく・・・」


 美佳はその様子をじっと見ていた。まさか、こんな景色が見れるとは。でも、この気動車はどこに向かうんだろう。全くわからない。知っているのは、運転席にいるシロだけだ。


「だんだん地球が小さくなっていく!」


 気動車はあっという間に地球から遠ざかり、月に向かっていく。まさか、この列車は月に向かおうというのか? まさか、シロがいる月だろうか?


「月? 月に向かうのかな?」


 程なくして、気動車は月に着いた。そこには何匹ものウサギがいて、餅をついている。楽しそうな表情だ。


「ここが、月?」


 美佳は気動車を降り、月に降り立った。ここでも息ができる。やはり不思議な力だろうか?


「まさか、シロちゃん、月に行ったのかな?」


 美佳は周りを見て、驚いた。周りにはたくさんのウサギがいる。


「ウサギがいっぱいいる! かわいいなー」


 そこに、シロがやって来た。シロは遊ぼうと促しているようだ。


「まさかシロちゃん、ここにいたとは」


 と、そこに人がやって来た。一緒に高校に通っている高校生だ。まさか、みんなも夢を見ているんだろうか?


「みんなも!」

「シロちゃんがまさか本当に月にいたとは」


 その近くでは、ウサギが餅をついている。伝説の通りだ。まさか、本当に月で餅をついていたとは。シロがみんなのために用意したんだろうか?


「餅ができました、どうぞ!」


 シロはきなこ餅を渡した。それを見て、みんなはおいしそうだと思っている。


「いただきまーす!」

「おいしい!」


 彼らはおいしそうに餅を食べている。その姿を見て、シロは幸せそうだ。十五夜の夜にこんな出会いが待っているとは。


 彼らは月での時間をしばし楽しんだ。月から見る地球はこんなに美しかったんだな。そして、シロはここから内島駅を見守っているのかな?


 そこに、シロがやって来た。シロが何かを言おうとしているようだ。


「さぁ、いよいよ地球へ帰る時間ですよ!」


 それを聞いた彼らは、気動車に乗り込んだ。乗り込むとすぐに扉は閉まった。気動車は光のレールの上を走り、月を離れていく。彼らは月をじっと見ている。まさか夢の中で月に行けるとは。


 みんな楽しそうだ。もう会えないと思っていたシロにまた会えたとは。これはシロが見せている奇跡だろうか?


 やがて気動車は光のレールを離れ、内島駅に戻ってきた。そして、気動車はホームに戻ってきた。


 扉が開くと、彼らはホームに降り立った。すると、運転室にいたシロがやって来た。


「いつまでも忘れないでね!」

「はい!」


 そして、気動車は再び、光のレールの上を走り、月に戻っていった。彼らはその様子をじっと見ている。




 美佳は目を覚ました。いつもの夜だ。やはりあれは夢だったんだ。月なんて、宇宙服がないといけないもんね。


「あれっ、夢か・・・」


 美佳は空を見上げた。今夜は満月だ。見えないけれど、シロはそこにいるんだろうか?


「月・・・。あそこにシロちゃんいるのかな?」


 美佳は決意を新たにした。いつでも月からシロが見ている。だから、東京に行っても頑張らなければ。


「来年の春から東京に行くだろうけど、シロちゃん、いつも見守っていてね」


 そして、再び美佳はベッドに横になった。




 翌朝、美佳はいつものように内島駅にやって来た。だが、そこにシロはいない。切符売り場だった場所には、献花台があり、生前のシロの写真がある。朝から多くの人が献花をしている。


「おはよう」

「おはよう」


 美佳が駅舎に入ると、そこには一緒に通学する高校生がいる。今日も彼らは元気そうだ。


 程なくして、気動車がやって来た。気動車は今日も、シロを追悼するヘッドマークを付けている。朝にもかかわらず、ヘッドマークを撮っている鉄オタもいる。


 彼らはホームに向かい、気動車に乗った。車内は高校に向かう学生でいっぱいだ。彼らが入ると、すぐに気動車は発車した。


 気動車は構内を離れ、田園地帯に入った。その時、美佳はある物を見た。それは、田んぼの小道にいるシロだ。まさかここでも会うとは。


「シロちゃん・・・」


 美佳は思わず笑みを浮かべてしまった。レールは田園地帯に続いていく。そして、その先には東京がある。そのレールは北海道にも、九州にも、全国各地にも続いている。そして、シロのいる月にもつながっているんだろうか? そう思うと、東京に行っても頑張れる、ちっとも寂しくないと思えた。

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