第10話 ポイズンピンク(1)





「さて、まずは何の打ち合わせからしましょうか。例の『ブツ』の話?それとも、ナデシコちゃん達の隠れ家の位置?」


 どこから取り出したのか、ゴールドピンク色のフレームの眼鏡を着けたレイディンが、指で眼鏡を上げながら、言った。


 レイディンに連れられて、俺達は駐車場から入街審査所の中に移動した。


 ガラス張りの建物内の窓際、二人掛けの席に座り、レイディンと向かい合いながら、会話を進める。


 俺たち以外、誰もいない審査所のロビーはぞくりとするほどに静粛で、暖房を効かせるエアコンの駆動音の他には、レイディンのハスキーボイスだけが、俺の耳に届いていた。


「その前に聞かせろ。何故ここには俺達以外誰もいないんだ?」


 レイディンは、ああそれね、と今思い出したように言うと、

「入街審査担当の怪人衛兵サツくんなら、そこのロッカーの中で寝てるわ。あとは交通規制でここに入ってくる車を追い返したから、だーれもいないワケね。最も、第8ゲートは元々交通量が少ないゲートだけど」


 と、部屋の隅にある、従業員用と思われる縦長のロッカーを、細い顎で指した。


 随分と小さいロッカーだ。相手は寝ているとはいえ、そう人数が入るとは思えない。

 果たして本当に、あの中に怪人衛兵サツたちが詰め込まれているのだろうか。


「寝てるって、殺したのか?」


「まさか、本当に寝てるだけよ。……カレ、新人ひとりきりでここの門を任されたみたいで、不安そうにしててね。そこであたしが親切なお姉さんを装って、差し入れに睡眠薬入りのジュースを奢ってあげたら、ばたんきゅ〜よ」


 レイディンのなんとも古い表現はさておき、彼女の話の中には、聞き流せない点があった。


「……いや、ちょっと待て。『ひとりきり』だって?ここのゲート、一人しか門番が居なかったのか?そんな事、あり得るのか?」




 怪人街さいたまけんの治安は、端的に言って極めて悪い。


 30年ほど前からの怪人の発生以来、世界に平和な場所など何処にもないが、怪人街はその中でもレベルが違うと音に聞く。


 当然だ。

 怪人街の人口はその九割以上が他に行き場所の無い、人権を認められていない、そして強大な力を持つ、怪人達なのだから。


 日本から事実上、棄民同然に独立した怪人街さいたまけんには、暫定的に日本国憲法に倣った怪人憲章などの法整備が進んではいる。


 しかし、現状はまだ怪人街の代表たる『埼玉県大統領』とその私兵である怪人衛兵サツの暴力による独裁により、なんとか秩序を保っているというのは外の世界でも有名な話だ。




 その危険地帯の門が、たかだか一人の、それも新人の怪人衛兵サツにより守られているなど、あり得るのだろうか?


「本来は無いわね。実はついさっき、ヒマな時にここのデータベースをハッキングしたんだけど、中身を漁ったらどうやら、通常時シフトなら最低五人の職員が審査所に詰めていたみたい」


 レイディンが机の上に、自前の機械板マシンエキタブを置き、資料データを開いてこちらに見せる。ちなみに機械板マシンエキタブも、ピンク色の塗装がなされていた。


 資料を見れば確かに、つい先月までは基本五人以上のシフト制で、審査所を回していたようだ。


 だが何故か、今月に入ってから急激にここの審査所に充てられる人員が減少しており、直近の数日に至っては一人営業ワンオペ状態になっている。


「……内部でストライキでもあったのか?それで怪人衛兵サツの人数が減ったとか……なぁ、もしかしてお前、何か知ってるんじゃないか?お前の御社かいしゃなら、怪人街の内情も詳しいだろ?」


 ──レイディンが所属する『コルヌコピア商会』は、『ありとあらゆるモノ』を売り捌く、世界最高クラスの巨大資本だ。


 その『ありとあらゆるモノ』の中には、情報も含まれる。

 一説では、その情報収集能力はFBIなどの大国の情報機関に匹敵するとも、超えているとも言われている。


「……いえ、知らないわ。正直あたしが知りたい位よ。怪人街の情報は当社ウチでも知らないことの方が遥かに多いから」


 そう言って、レイディンはわざとらしく肩を竦めて見せた。

 『コルヌコピア商会』すら怪人街の全容を調べられていないというのは驚きではあったが、仕方がない。




 ──鶴見ガンダの情報だって、そうだったからだ。ヤツが半年前に怪人街に入るまでは、ヤツに関するかなり詳細な情報を『商会』から買う事が出来たが、それ以降は一切、足取りを掴めなかったそうだ。


 だからこそ、俺自らがわざわざ最後にガンダと会った蜘蛛女に接触し、戦いのリスクを負ってまで、ヤツの居場所の情報を引き出したのだ。


 少なくとも怪人街内の情報については、『商会』すらアテにできず、それ程に怪人街は油断ならない土地であると、それが分かっただけでも良しとしよう。


 今俺にとって最も必要なのは、商会の『情報』よりも『物資』なのだから。




「ひとまずこの話は置いといて、本題に入ろう。頼んでおいた『ブツ』は、用意できたのか?」


 俺が返事を促すと、レイディンは、

「……ふふん。こちらに。勿論ご用意しましたとも」

 と、得意気な顔で、椅子から立ち上がり、建物を出て駐車場に向かって歩いて行き、端に停まっていた黒いバンから、何かを取り出した。

 ──さすがに、仕事用の乗用車はピンクではないようだ。


 少しして、レイディンは両手でダンボール箱を一つ、抱え持ちながら戻って来た。

 機械板マシンエキタブを鞄の中に戻し、ダンボール箱を机の上に置くと、レイディンは中から、男性用の白いコートを取り出した。

 


「これがご注文頂いた装甲外套ヨロイコート、『銀鱗ぎんりん』……『コルヌコピア商会』の長い歴史の中でも、最高級の取り扱い商品でございます。……それじゃ、早速着てみよっか」


 俺はレイディンからその白いコート──『銀鱗』を受け取り、ジャケットの上に直接着重ねる。

 コートは丈の長いレザー製で、種類としてはトレンチコートにあたるのだろうか。

 剣士サムライとして生きてきたからか、俺は服の細かい分類を知らない。

 しかし、塹壕(トレンチ)の名を冠するだけあって、トレンチコートの起源は、第一次世界大戦下のイギリス軍の軍服にあるらしい。そう考えれば、現代の剣士サムライの戦装束としては適当であろうか。


 ──外見こそ普通のロングコートと同じだが、防弾防刃防熱防寒防電、あらゆる面において西洋の鎧や軍のボディプロテクターを遥かに凌駕する強度を持つ、職人による特注の衣服を装甲外套ヨロイコートと呼ぶ。


 そしてこの『銀鱗』はオーダーメイドによって縫製された、世界で唯一つの、俺の為の装甲外套ヨロイコートだ。

 通常の性能に加えて、俺の戦闘技能に合わせた特殊機能をいくつか備えている。



「着心地はどう?あたしは白よりピンクの方がいいと思うけど」

「……着るだけでわかる。最高だ。後でテストはするが、これさえあれば……」


 ──これさえあればあの男に勝てる。

 鶴見ガンダを倒すための、切り札を。

 俺は今、手に入れた。






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 ロングコート着せるのはネット小説の嗜み。

 ちなみに僕は埼玉県出身です。

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