第11話 ポイズンピンク(2)




「残りの『ブツ』はどうなっている?」


 『銀鱗』の着心地を確かめながら、レイディンに尋ねる。

 事前にサイズを測っていたからか、袖丈も肩丈もピッタリだ。

 発注前のサイズ測定の際、彼女レイディンに無理やり服を脱がされるなどひどいセクハラを受けた甲斐があるものだ。


「はいはーい、持って来てますよお客様……っと」


 『銀鱗』が入っていた段ボールの中には、俺が注文した他の『ブツ』も入っていた。

 レイディンはそれらを一つずつ取り出し、机に並べていく。

 丁寧で上品なその手つきからは、彼女の『商会』のエージェントとしてのキャリアを感じられる。




「まずはコレ。怪人街用の携帯電話端末スマートデンワ。怪人街内での一般インターネットや電話なんかは基本、怪人衛兵サツに筒抜けになるのだけれど、この電話なら傍受されないわ。当社ウチの特別製だからね。ただ、あくまでレンタル品なので、必ず返却するように。違約金払いたく無いでしょ?」


「次にコレ。機械二輪マシンタンシャの鍵。首都のさいたま要塞都市フォートレスにガレージがあるから、必要なら足に使ってちょうだいな。ちなみにこれもレンタルなので、よろしく」


「最後にコレ。超強力活力剤かくせいざい。……あたしとしては使って欲しくはないけど、生きるか死ぬかの場面に直面したら、使いなさい。疲労がポンと飛ぶ代物だけれど、負担もその分大きいから、覚悟してね。あと、間違っても怪人街の外に持ち出したり、転売したりしないこと。……早口だったけど、説明、全部理解できた?」




「ああ、もう大丈夫だ。どうもありがとう」

 机の上に並べられた品々を一つずつ、コートの内側のポケットに仕舞い込む。

 ちなみに、俺は旅行カバンの類は持っていない。荷物になるし、戦いにくくなるからだ。


「……では、以上の内容でご確認出来ましたら、後は受取証明書にサインして下さいますよう。サイン頂けましたら、『商会ウチ』としては今回の取引は終了となります。後はご自由に、怪人街の旅をお楽しみ下さいませ。料金は先払いで頂きましたので」


 レイディンは恭しい礼と共に、機械板マシンエキタブをこちらに差し出すと、おどけてやっているであろう、事務的な口調でサインを求めた。


 ──勿体ないな、といつも思う。

 レイディンは、端的に言って優秀な女性だ。


 それこそ彼女が先ほど、ふざけ半分に俺に言わせたみたいに、殆どの男にとっては彼女は『最高の妻』となり得る存在だ。


 たとえ全財産を注ぎ込んででも、内臓を担保に入れてでも、妻として迎え入れたい男はごまんといるだろう。


 巨大企業である『コルヌコピア商会』でも結果を出し、天性の美貌と、努力によって得た拳法の心得を持ち、その上何のコネもない自分と『商会』を無償で引き合わせてくれる程に尽くしてくれる、それほどの女性なのだから。


 ガンダを追って世界中を駆け回ったここ三年間、彼女には何度助けられたか知れない。


 だからこそ、勿体ないのだ。

 どうして彼女は──。


「……レイディン、こんなベタなボケをするんじゃない。これ、婚姻届だろ。冗談でもやめろって」

「……てへ。バレた」


 どうして俺なんかに、懸想こいしているのだろう──。




 婚姻届を突っ返し、改めて出させた受取証明書にサインを書いて、レイディンに機械板マシンイタタブを返す。

 一瞬だけ互いの手が触れて、彼女の指先が少しだけぴくりと跳ねたが、気にせずそのまま手を戻した。


「……うん、それじゃ、後の事を頼む」

 席を立ち、レイディンを置いて審査所を立ち去ろうとした時だった。


「おいおいおーい、待ちなってぇ。十年来の付き合いがある美人幼馴染とさぁ、もっと話すことあるんじゃないのー?」


 レイディンが軽口を叩きながら、俺の目の前に回り込み、審査所の出入り口を通せんぼする。

 出入り口のぎりぎりに立ったので、外とつながる位置のセンサーが反応し、彼女の背後で自動ドアが開く。


「……積もる話はあるだろうが、今夜の寝床を探さないといけないんだ。悪いけど、な」


 俺はレイディンの横を通り過ぎ、駐車場に停めたタクシーへと、足を進める。

 ──進めようと、した。




「──待ってよ」




 彼女を通り過ぎたあと、後ろから、コートの袖を掴まれた。

 いや、掴むというよりも……親指と人差し指で、摘むような。

 そんなか細い力で、先に進もうとする俺を引き止めようとしてくる。


「ここの審査所さ、奥に、職員用の簡易詰所があるんだよ。お湯が出るシャワーと、布団があるの……ちょうど、二人分。……ホテル行くお金勿体ないしさ、今夜はここに泊まった方が……いいんじゃないかな?どうせ、誰も来ないし」


 レイディンの声はいつにも増して、しおらしい。桁外れに明るく、調子者な普段の彼女からは考えられない、落ち着いた語調だ。


 ──なんでお前、よりによって今、決めにくるんだよ。

 うっかり声に出しそうになった嘆きを飲み込み、レイディンの話したいようにさせてやる。

 想いに応える事はできなくとも、向き合うのは、愛された者の義務だと思うからだ。




「──ここに来るまで、結構疲れたんじゃない?うまく隠したつもりだろうけどさ、刀から、血の匂いがする。……タクシーの運転手と戦ったんだよね?車にも、なっがい間乗ったんだよね?」

「ああ、まあな」


「だったらここで少しくらい、休んだっていいでしょ。背中くらい、流すからさ。しようよ、お話。少しくらいいいでしょ?……あたし、今回結構頑張ったんだよ?ちょっとくらい、ねぎらったりとかさ。ご褒美、くれてもいいじゃん」


 俺の手を引く腕から力が抜けて、解放されたかと思うと、レイディンは俺の背中に飛び込んで、背後に抱きついてきた。


 バックハグの体勢で、俺はレイディンに捕らわれる。


 背中から前に、彼女の生白い腕が回って強く締めてくる。背中越しに彼女の華奢な、しかし女性的な脂肪のついた身体が押し付けられる。


 肩口の辺りに、彼女の熱い息が当たる。ふわふわした髪の毛の触感が首を撫でて、くすぐったい。

 抱きついた姿勢のまま、彼女は踵を上げて、俺の顔の横辺りに自分の顔を寄せると、ぽそぽそと小さな声で、俺の耳元に囁いた。


「こんなにアピールしてるのに、ダメなの?自分で言うのも何だけどあたし、めちゃくちゃモテるよ?稼ぎもいいしさ。きっとあたしと一緒に居た方が、すっごく楽しいよ。あの子より、あなたをずっと……幸せにしてあげられるのに」


 悩まし気な彼女の吐息が、耳を舐る、脳を蕩かす、理性を殴りつける。

 もはや、誘惑と呼ぶにも言葉の足りないこの官能は、まさしく蠱惑と呼ぶに相応しい。


 ──堪えろ。

 俺には、恋人エヴァがいる。

 流されるな、かどわかされるな、惑わされるな。

 剣士サムライなら、約束は守れ──。


「──俺にとっての幸せは、剣士サムライとして怪人を倒す事……そして、『ヤツ』を殺す事だ。俺を想うなら、止めないでくれ、レイディン。女と遊んでる場合じゃないんだよ」


「──嘘だよ。それは、あなたの幸せじゃない。……あの子が押し付けた、あの子の幸せだよ」


 二人の身体が重なる部分が汗ばんで、 熱が籠っていく。やや肌寒いトンネルの中の駐車場で、互いの体温だけが暖かく感じる。

 それゆえに、俺だけでなく、レイディンも、体温が上がっている事がわかる。


 ──緊張しているのだ、彼女も。

 自分の想いが届かなかったらどうしよう、と。


「ガンダ君を追ってるのは……あの子のせいでしょ。あの子の為にガンダを殺す、怪人を殺すって意地になって。そのせいであなたは……この三年間、青春を無駄にした」


「……無駄なんかじゃない。怪人と戦うのは、俺の意思だ」


「あたし、何回も言ったよね。復讐なんてやめなって。あの子の事も、ガンダ君の事も、あなたには何も責任なんてないって。全部、忘れた方がいいって」


「ああ」


「──怪人街に行ったら、ダメだよ……これまで協力してきたのはあたしだけどさ、今更だけどさぁ……やっぱ、やだよ」


 レイディンの声から、艶が消えていく。蠱惑や色気ではなく、情念や哀惜が強まり、誘うようではなく、縋るように、腕の力が強まる。


「大丈夫だ。俺は死なない。必ず生きて帰る」


「そうじゃない……死ぬ死なないじゃないよ。このままあの子の言う通り、ガンダ君を殺してもあなたは幸せになれない。そもそも、あなたの友達だったじゃん。ガンダ君。友達を殺して平気な訳ない。……あなたは、あの子に利用されているんだよ。止めたいと思って、何が悪いの?」


 ちらりと耳元のレイディンに視線を送ると、彼女の瞳は少しだけ潤んでいた。


 見間違う事もない、本物の涙を浮かべて、俺を引き止めようとしていた。


 ──本当に、勿体ない。


 彼女は彼女なりに、俺を案じてくれている。そんな事は分かっている。


 ここで彼女を抱き締めて、ガンダを追う事も、エヴァとの約束も放り出して、二人で一緒になれば──それはきっと、幸せな事なのだろう。

きっと彼女は俺のために、どこまでも尽くしてくれるだろう。こんな世界でも、二人で生き抜こうと頑張りさえすれば、何処でだって二人で生きていけるだろう。ガンダを追う三年間、二人で世界を回っていた頃のように、きっと。


 、彼女の言葉に乗ることは出来ない。


 三年前の悲劇を止められなかった俺に──幸せになる権利など、ありはしないのだ。




「…そういう問題じゃないんだよ、レイディン。俺の人生の半分は、闇黒電剣流エレクトロニック・アーツの剣士として、そして残りの半分は恋人エヴァの為に捧げたんだ。これはもう、俺が自分の意思で決めた事なんだ」


 

 そう、三年前のあの時──鶴見ガンダ起こしたあの惨劇を前に、誓ったのだ。

 もう二度と、エヴァを傷付けさせない。

 もう二度と、約束を破らない。

 もう二度と、鶴見ガンダに容赦しないと。


「……でも、見てられないよ。あなたのこと。その腕だって──」


「そうだ。この腕は、ガンダに斬られたものだ。だから俺には、正当な復讐する動機がある。俺の復讐を、お前に止める権利はない」


 俺を捕えるレイディンの右腕に、機械腕肢マシンウデップシの右腕を重ね、力を込めて解く。鉄の腕越しには、彼女の体温を感じなかった。


「ごめん、レイディン。俺は揺るがない。俺はエヴァを愛してる」


 レイディンを振り解くと、俺はタクシーに向けて歩を進めた。彼女はそれ以上、追いかけてこなかった。




「だったら……あたしと一緒にならなくても、せめて他の子にしてよ!あの女じゃなくてさぁ!」


 レイディンは代わりに、肩を小刻みに震わせて叫んだ。

 今日で一番──いや、これまで見てきた中でも、こんなに大きな声を彼女がだしたのは、初めてのことだった。


「……」

 俺はタクシーに乗り込み、シートベルトを装着する。


 彼女の想いは、充分に受け取った。そしてそれに対して、充分に向き合ったつもりだ。

 これ以上は、ここには残らない。




「自分で戦えもしない、自分で復讐すら出来ない、あんな女が、あなたに何をしてあげられるの!?……『あんな身体カラダ』じゃ、あなたのお荷物にしか──」

 



 だが、聞き流せない言葉が聞こえた。


「レイディン」


 タクシーの窓を開け、顔は出さずに答える。


「──それ以上言ったらお前を殺す」


 それだけ伝えると、俺はシフトレバーを一速に切り替えて、タクシーを発進させた。


 バックミラーの向こうで、審査場がどんどん離れていく。レイディンを置き去りにして、怪人街が近づいてくる。

 俯いたレイディンの表情は、バックミラー越しにはもはやよく見えない。下唇を噛んだ口元だけが、見える。


 ──嘘つき、殺せないくせに。


 彼女の口元が動いてそう言ったように見えたが、気のせいとして、俺は目を逸らした。




 俺の行くべき道は、この怪人街への道。

 俺が眼差すべきは、鶴見ガンダ。


 それ以外は、余計なのだ。それ以外は、ここに置いていくべきなのだ。


 中雷電チュンレイディンへの十年来の信頼も、友愛も、三年間、彼女からの恋愛感情を利用して、鶴見ガンダを追い続けた罪悪感も。

 ここに、すべて置いていくべきなのだ。






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 この作品のキャラクターの上の名前は神奈川の地名、下の名前はロボアニメから取ってます

 だから『俺はエヴァを愛してる』と突然登場人物がロボアニメ大好き発言をしたりすることがあるわけですね

 あと、スザクはザクで、ガンダはガンダムです





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