第8話 アナタヲユルサナイ




「しかし……『アリーナ』とはな」


 俺は、地面に穴を掘りながらひとりごちた。

 穴を掘る為のスコップは、タクシーの荷台の中に積まれていたものを拝借した。


 蜘蛛女はどうやら、仕事中に荒野の真ん中でタクシーが事故を起こしたり、故障した場合の事を考えて、ジャッキやスパナなどの工具を荷台に積んでいたようだ。


 このスコップもその中の一つであろう。

 スコップの持ち手には『Glossia』と、蜘蛛女の本名と思われる刻印がなされていた。


 ぬかるんで泥となった荒野の土には驚くほど簡単にスコップが刺さり、電剣流の身体能力強化バフを併用することで、約2分ほどで、人一人が入れそうな大きさの穴が掘れた。


 死体を埋めるには、十分な大きさだ。




 蜘蛛女の死体を埋める為に掘ったのではない。


 そもそも、怪人に遺体は残らない。

 死亡した怪人は、原理は不明だが肉体がドロドロに融解し、骨も肉も全て蒸発してしまう性質を持っているため、墓を作っても埋めるものが無いのだ。


 現に、先ほど止めを差したばかりの蜘蛛女の頭部は既に蒸発が始まっており、水溜まりと混ざって、殆ど形が残っていなかった。




 埋めるのは、蜘蛛女が被っていた『スキン』──黒髪ロングで吊り目がちな、美しい女の死体の皮だ。


「……」

 『スキン』の見た目は、肌色の全身タイツに近かった。


 なめらかな質感の皮の触感は、女らしくすべすべしていて、持ち上げると驚くほど軽い。


 髪の毛や陰毛など、一部の体毛がついている部分を除いては、皮膚全体が普通の人間の皮よりもややゴムのような伸縮性があり、多少伸びても大丈夫なくらいに余裕がある。


 内臓モツや肉や骨などの中身は当然ながら全て抜かれており、怪人達はこの伸縮性の高い全身タイツ状の皮膚を、着ぐるみのように着る事で人間に擬態するのだ。


 ──まるで、かつては生きていたなんて信じられないくらいに、リアルで瑞々しい出来の『スキン』だった。


「……」

 俺は女の皮を穴の中にそのまま放り込み、土を上に被せる。




 怪人はその全個体が、元は人間である。


『赤い雨』と呼ばれる、ここ30年ほとで確認されるようになった異常気象。

 この赤色の降雨を身体に浴びてしまうと、人間は、怪人になってしまうのだ。


 怪人となった時点でその怪人は、元の人間だった頃の姿形を完全に失い、先ほどの蜘蛛女のような、人型の異形へと変異する。


 そして、人間もとの身体への執着か、それとも怪人の身体に刻まれた本能のようなものか──怪人達は衝き動かされるように自身の化物としての姿を衣服や仮面で隠し、人間として社会に溶け込もうとした。


人間性に執着する、怪人に特有の習性の表れである。


 やがて、『スキン』と呼ばれる人間の生皮を加工した変装具が怪人により発明されると、それはより加速した。


『スキン』は怪人社会において爆発的に流行し、今や全ての怪人のうち99%以上が『スキン』を着ているとされる。


 ──その事実は同時に、多くの人間が怪人によって殺され、皮を奪われている証左でもある。


 この『スキン』の元となった女も、きっとそうした、怪人社会での経済活動の結果なのだろう。


 なんでも、美しい外見の『スキン』は、怪人達の間で高額で取引されているらしい。


 そういえばあの蜘蛛女も、この黒髪の美女の『スキン』を、確か『高かった』とか言っていたはずだ。




 ただ殺されるだけでなく。

 その皮を怪人共に弄ばれ、値を付けられ。

 人間としての尊厳を陵辱される。


 その悔しみは、例え彼女が既にこの世に居ないとしても、堪えられたものではないはずだ。


 だから、せめて。

 彼女の遺骸がもう、皮だけしか残されてなくとも、弔わなくては。

 彼女の魂を、これ以上怪人に穢されてはならないのだから。


 それが、怪人から人を衛る、剣士サムライとしての、助けられなかった人々への務めなのだから。




 埋葬は、つつがなく終わった。


 俺は、荒野の瓦礫の中からコンクリートブロックを拾い、墓標の代わりとして、盛り立てた土の上に立てる。


 線香も無く、墓銘も無く、供花くげも用意できないが、今はこれが精一杯だ。

 これ以上、今の俺に時間をかける余裕は無い。


 俺は、即席の墓標の前で合掌し、呟く。


「……どうか、安らかに」


 数秒の祈りを捧げ、俺は踵を返しタクシーに向かい、名も知らぬ女の、名も刻まれぬ墓を後にした。




 蜘蛛女のジャラジャラとキーホルダーが大量についた鍵を使い、タクシーの運転手席に入る。


 脚の長さが合わないのでシートの位置を微調整していると、ダッシュボードの中に、光る何かを見つけた。


「これは……?」


 手に取って眺めたそれは、西暦2076年の今となっては珍しい、光学CDディスクが入ったケースだった。


 プラケースの端っこが欠けるほどに年季の入ったそれの中には、西暦2000年前後に活躍したとあるアイドルグループの、ファーストアルバムが入っていた。


 ──思わず、趣味が合うなと思ってしまった。


 マニアとして反射的にケースを開いて、中身を確認したい衝動に駆られたが、今の自分がやらねばならない事を思い出し、やめた。


 ──蜘蛛女かいじんに同情はいらない。


 俺は先程、蜘蛛女を戦士としての尊厳を守る為に安楽死させたが、だからといって彼女が人皮スキンを人間から奪って着ていた事実は、絶対に変わらない。


 例え彼女と音楽の趣味が合っていようが、彼女が戦士として尊敬できる強さを持っていようが、俺は怪人が嫌いだ。


 怪人を許してはならないし、ましてや友達や仲間になど、なってはならない。


 怪人を倒し、人を衛る。

 その為に剣士サムライになったのだから。


 怪人の存在を、俺は許してはならない。

 愛してはならない。殺さなくてはならない。


 特に、あの『男』だけは──鶴見ガンダだけは、絶対に、殺さなくてはならない。




 我が師父、横浜イデオを殺し、闇黒電剣流エレクトロニック・アーツの名を傷付け、恋人エヴァから全てを奪ったあの男を。

 絶対に、許してはならないのだ──!




 タクシーを走らせ、荒野を爆速で進みながら、俺は今後の目標を改めて確認する。




 第一の目標は、第8ゲートの門を通過すること。


『内通者』が俺の依頼通りにコトを進めてくれているのならば、怪人衛兵サツの入街審査をパスし、怪人街に入ることが出来るはずだ。




 第二目標は、先行して怪人街に入った俺の従者──『桜木町ナデシコ』と合流すること。


『内通者』のコネで今は怪人街の中でも安全な地区で俺を待っているらしいが、それでも不安はある。

 早く連絡して、元気な声を聞きたいところだ。




 そして、第三目標。これが一番重要だ。


 『アリーナ』に──『さいたまスーパーアリーナ』に向かい、鶴見ガンダを殺すことだ。




 さいたまスーパーアリーナまでの移動手段は、先の内戦により廃墟と化したこの外壁荒野──旧千葉県野田市跡から、第8ゲートを出た所の南桜井駅でネオ東武アーバンパークラインを使い、大宮駅に向かうルートを取ることにした。


 とはいえ、終電時刻が過ぎた今夜のうちは大宮までの移動手段が無い。


 今夜は、南桜井のどこかでねぐらを探すことにしよう。


 ナデシコと合流し、ガンダを捜索するのは明日からだ。




 かくして、物語は始まった。

 

 一つの戦いを終え、タクシーは荒野を走る。


 目指す先は一直線に、荒野に佇む巨大外壁。


 そしてその向こうの、怪人街──通称『災』の国、埼玉県へ。


 タクシーは、荒野を走る。


 全ては、復讐のために。


 俺の名前は小田原スザク。


 全ての人を衛り、怪人を斃す剣士サムライ


 そして、鶴見ガンダを殺す者。


 人と怪人、善と悪、剣士サムライ極道ヤクザ


 そして、小田原スザクと鶴見ガンダ。


 ──この物語は、相反する二つの、対立の物語。


 そして、決着の物語だ。






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 世界観説明回でした。

 つまり、未来の埼玉を舞台にしたサイバーパンクというわけで、実質ニンジャスレイヤーなんです。

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