第2話 ヘビーレイン(2)




 パアァー、パアァー。

 けたましい音が、雨音に混じって耳をつんざく。


 女に発砲した後、俺は刀をベルトに差し、タクシーを出て、雨吹き荒ぶ荒野の上に立った。

 雨で服が濡れるが、傘はまだ開かない。

 片付けが、まだ残っているからだ。


 パアァー、パアァー。

 騒音は、なおも続く。


 怪人街へと繋がる、荒野の中を通る道路には、俺達のほかに車影も人影もなかった。


 ──手筈通り、怪人街の内部に潜ませた『内通者』は、第8ゲート付近の道路に、うまく交通規制を掛けてくれたようだった。これなら向こうしばらくは、この道に車の通りはないはずだ。


 腕時計で時間を確認すれば、時刻は午前の一時。これもまた、予定通りの時間に到着できた。


 交通の邪魔をする一般通行車が一台も無かったとはいえ、あの女、実はタクシー運転手としては中々のものなのかもしれない。

 俺は、後部ドアが開けっぱなしのタクシーの方へと、視線を送った。


「………」


 パアァー、パアァー、と。

 先ほどから、けたましいクラクション音が、タクシーから延々と発せられていた。


 真っ赤な血が内側にへばり付いた側面の窓からは、中の様子が少しだけ見える。


 タクシー内では、ハンドルに首を預けるかのように、運転手の女が仰向けに倒れ込んでおり、ピクリとも動かなかった。

 どうやら、もたれかかった女の躯がハンドル中央のクラクションを押し込んでいることで、警報音を鳴らさせているようだった。


 その女の額には十円玉大の弾痕が開いており、そこからおびただしい量の真っ赤な血が、綺麗な鼻筋を通って顎まで垂れている。


 ひん剥かれた目は濁りきり、あらぬ方向を向いている。口はだらしなく開かれて、口内に浅い血のプールを溜めて、時折肺に残った空気がごぽりと空気を漏らし、泡を立てていた。


 四肢は完全に脱力して座席から垂れており、だらしなく開けていたシャツの胸元は、真っ赤な血で涎掛けのような形に染まっていた。


 傍から見て、どう考えても女は死んでいる。

 ──そう。死んでいるように、見える。


「……」


 俺は、左腰の刀に右手を添え抜刀する。


 鞘から引き抜かれた白刃が、タクシーから発せられる赤色のブレーキ灯を反射し、艶かしく煌めく。


 ──機械刀マシンドス、『千秋せんしゅう』。


 刃渡95センチ、元幅3.2センチ、先幅2.8センチ、先反り1.5センチ、刃文は直刃、本造。


 俺が持つ、第一の刀。

 そして、先の内戦で百の怪人を斬り殺した伝説を持つ師父から譲り受けた、大切な形見だ。


 溜息が出そうになるほど美しいその刀身を見つめ、俺は精神を集中させる。


 ──ここまでの流れは、全てが予定通りに進んでいる。

 そう、だから。

 あとは、落ち着いて片付けをするだけだ。


「おい」


 俺は、未だにクラクションを鳴らし続けるタクシーの方へ、声をかける。


「お前、まだ死んじゃいないだろう。降りてきたらどうだ?」


 そう、言い切った直後。

 クラクション音が、ぴたりと止まった。





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千秋せんしゅう』の由来は、遠藤の元嫁です。

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