怪人街 〜サイバーパンク・サムライヤクザ〜

君のママン

雨が降る

第1話 ヘビーレイン(1)



 豪雨が降りしきる夜。

 古ぼけたアスファルトの道を、タクシーが走っている。


 タクシーは、荒野の中を進んでいた。

 地平線の彼方まで広がる荒野の中には、かつて家や電柱だったと思われる瓦礫がぽつぽつと点在しており、それ以外は草木も生えていない。


 二車線の道路を走る車は、かれこれ一時間もの間、このタクシーのみだ。


 付近の明かりはタクシーの前照灯と、時折雲の切れ目からのぞく月明かりのみ。

 タクシーの車内もオレンジ色の車内灯がついているとはいえ、かなり暗い。


 タクシーの屋根や窓を叩く雨音は単調で軽快で、どこか眠気を誘うような心地よさがあった。




「……それにしても、今日はよく降るわね。こうジメジメしてるとなんかこう、肌までカビてくるような気がしない?湿気っちゃってさ」

 タクシー運転手の若い女が、後部座席に座る俺に訪ねた。


 女は吊り目気味ではあるが、整った美貌の持ち主だった。

 長い黒髪を制帽から垂らし、薄い唇には赤い紅を引いている。


 制服のシャツは車内の暑さからか、だらしなく三つもボタンを開けており、シャツの下の黒のブラジャーはおろか、大きな胸がもろともまろび出そうなほどだ。


「そうですねぇ……僕はどっちかというと、『カビる』よりも『サビる』ような気がしますね、雨降ってると」

「……サビる?肌が?……やっぱ結構変わってるわね。お客さん」


 なんとなく女の話に合わせて答えると、女は短く笑った。


「やっぱ?……やっぱって、僕なんか変なところありました?」

 女の言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、女に聞き返す。


「だって……あなた、人間でしょう?」

「ええ、まぁそうですけど」


「人間があんな危険な街に行きたいだなんて、よほどのものよ。『怪人街』に行きたがる人間なんてものは、とんでもない変わり者か、あるいは逃げ場が世界のどこにもない重犯罪者か、ただのバカか……あとは、何か他に特別な事情でもないと」

「特別な事情、ですか……」


 女は、ちらちらとこちらの様子を探るように、バックミラー越しにこちらを見ている。

 よくよく見ればその視線は特に、俺の手元に向けられていた。


「……ああこれ、気になりますか。目立ちますからね」

 俺は、バックミラーからもよく見えるように、手元の刀を、怪しく無いですよとばかりに持ち上げてみせた。


 白く塗装された鉄製の鞘と、銃器を思わせる、無骨な黒塗りの柄の刀。

 傍目から見て、至ってありふれた形の機械刀マシンドスだ。


「でも、ただの護身用ですよ、これ。こんな時代ですし、怪人殺しの武器は珍しくもないでしょう?」

「まぁそうだけど。ほら、人間はたいてい、銃を使うじゃない?珍しいのよ、あなた」


「……まぁ、怪人と人間の身体能力差を考えたら普通はそうですけど。でも、刀も十分に強い武器じゃないですか。先の内戦じゃ、怪人を百体も倒した刀使いも居たみたいだし。それに僕、銃は持たない主義なんで」


「うん、でもねぇ……って、アラ。見えてきたわ。外壁」




 女の言葉の通り、タクシーの前方、荒野の地平線の彼方から、外壁は徐々にその姿を見せた。


 一目見た印象は、ダムのよう、だった。


 コンクリートの巨大な壁が、地平線と並行にどこまでも連なっており、果てが見えない。


 壁の全高は目算で約50メートルといったところか、壁の中に何があるのかは、外からはとても見えない。


 壁の最上部には大きな作業機械や組まれた足場などが置かれており、この風雨の中で錆びないよう、固定されブルーシートが掛けられている。


 これだけの大きな建造物でありながら、今なお増築工事が行われている証左だ。


 これこそが、怪人街を外の攻撃から守る防壁。

 あるいは、怪人街から怪人を逃がさないための檻。


 怪人街と外界とをつなぐ、灰色の境界線。

 怪人街のほぼ全域を覆う、巨大外壁である。




「どう?予想以上に大きいでしょ?」

「いやぁ……凄いですね、これは。話には聞いていましたが、予想以上でした」


「アタシもこの道はいつも通るけどさ、外壁が見える瞬間はさすがに感じ入るものがあるのよねぇ。なんかこう、気圧されるっていうかさ」


 フロントガラスの向こう、タクシーがひた走る道の先は、大きく『8』と書かれた壁に繋がっていた。

 雨煙のせいでまだよく見えないが、あの数字の下には、怪人街の出入り口の一つである第8ゲートの門があり、壁の内外を繋いでいる。


 タクシーでこのまま走れば、あと15分ほどで辿り着く距離だ。


「……ここで降ろしてください」


「えっ……えっ?お兄さん、マジ?」

 俺の言葉に、運転手の女は声を裏返らせて驚いた。


 女は慌ててブレーキを踏むと、水飛沫を上げながらタクシーはスピードを落としていく。

 やがてタクシーは、少し離れた場所に電柱が立っている他は何もない、荒野のど真ん中の路肩に停車した。


「お兄さん、降ろしてって言ったけど、まだ門まで結構距離あるわよ?途中に雨宿りできる建物も無いし、濡れるでしょうに」


 女は運転手席からこちらに振り向くと、心配するような声色でそう言った。


「いやぁ……実はですね、交通費がそろそろ尽きちゃいそうなんですよ。タクシーって200メートルくらいでメーター上がるじゃ無いですか。外壁までに予算、越えちゃいそうで」

「あらまぁ……そんな調子で大丈夫かしら?怪人街でやってけるの?」


「まぁまぁ、大丈夫ですって。傘もあるし、一時間もあれば外壁まで歩いて行けますよ。……お代、いくらですか?」

 俺は、懐に手を入れて財布を探る仕草をとった。


 それを見て、女はやや呆れた調子でタクシーの代金を伝える。

 市街地からこの外壁まで結構な距離を走ったからか、それなりの金額だ。


「ええっと、ちょっと待って下さいね……財布がなっかなか、うまく取れなくて……」


 俺がもたもたのろのろとジャケットの内側をまさぐっていると、その様に苛立ったのか、女はうんざりとした表情で視線を窓の外に逸らした。


 きっと彼女は、俺の支払いが遅いから手持ち無沙汰になって。

 そして、あまりにも外の雨が強いものだから。

 気になってついつい、俺から視線を外してしまったのだろう。


 ああ、まったく。


 まったくもって、隙だらけだ。




「ああ、取れた取れた。そんじゃ、これで」

 俺は女の目鼻の先に、懐から取り出した機械拳銃マシンハジキを突き付けた。


「えっ」

 女は、銃口が自分に向けられた事に気が付いて。

 その吊り目の瞳孔は、ぱあっと開かれて。

 しかし、息を飲む間もなく。


「銃は持たない主義だって言ったが……ありゃ嘘だ、悪いな」

 俺は、躊躇いなく引き金を引いた。






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 頑張って面白いお話にします。よろしくねっ!

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