異国から来た許嫁は可愛くて、たまらないのだ。

ウイング神風

第1話 プロローグ

「うん。カレーはいい出来だ」


 俺、石井春樹はカレーの鍋の前に立つと、グツグツと鳴っている鍋の中にあるカレーを小皿に淹れてから試食する。

 甘味ととろみが完全に巻き合わせ、完璧のカレーが出来上がっている。これなら客に提供していい味だ。秘伝のコーヒーを少々淹れたためか、とろみが完璧に仕上がっている。


 次回は辛味を追加するようにスパイスを入れるのもアリだと思うのだ。だが、今日はこの味で攻めようと思った。

 この喫茶店ラッセルでの定番メニュー、カレーは甘口なのだ。これは俺の父さんが決めたことだ。息子の俺としては辛いほうがいいのだが、辛いの苦手の父がいることを悔やむしかない。


「あら? ハルキさん。カレーを作っているのですか?」 


 声元に振り向くとそこには天使がいた。

 天使、それは単なる比喩であり。実際の人間だ。

 彼女は綺麗な顔立ちをし、日本人とは思えない優しい表情。肌はゆでた卵のように白く、淡く。スレンダーな背丈をしている少女がいた。羽がついていたら、彼女は間違いなく天使に見誤るのだろう。


 けれど、それもそのはず。彼女は日本人ではないのだ。

 彼女の出身はタイ王国。東南アジアのあのタイだ。知っている人は知っているだろうが、タイ王国の別名も微笑みの国だ。

 だから、彼女が微笑む姿は俺の心臓に響く。心臓が凝縮されると思うほどの破壊力を持っていたのだ。

 そんな微笑みの国から舞い降りた彼女に、俺は慌てて目線を逃す。


「あ。うん。カレーを作っているんだ。マリ。君も試食してみないか?」

「はい!」


 俺は手にしている小皿を彼女に渡すと、マリは喜んで、小皿を受け取る。

 ずずっと、可愛らしくカレーを飲む。

 その時、俺は自分の失態に気づく。


(これ……ってもしかして、間接キスか?)


 ドキドキと緊張し、俺は何も言わずにポーカーフェースにする。

 そのことを気にしたら負けだと、心の中で呟き。彼女の味見を見守る。


「あ、この甘さ。いいですね。わたし、好きです」

「あ、ああ。それはよかった。今日のカレーはこれで行こうと思う」


 動揺を完全に隠せない俺はカレーのことに口を出す。

 なんだか、情けないようでもあるが、俺はぐつぐつと煮ているカレーの鍋の火を消した。

 すると、マリは唇先を手で押さえてどこか微笑む。


「うふふふ」

「どうした? マリ」

「何だか、わたしたち。夫婦のようですね」

「ぶ……」


 決して口にしないことを彼女は軽々口にしたことに俺はむせた。

 この子は天然なのか?

 でも、俺たちの関係を考えればそれをしても文句は言われないのだ。

 何せ、俺たちは婚約者同士だからだ。


 ドクンドクン。

 心臓の音がもっとうるさくなる。

 どうして心臓が早鐘を鳴るのか、俺にはわからなかった。

 でも確実に動悸は早く鳴っていた。


「ハルキさん……」


 マリは赤面を浮かべてこちらに一瞬近寄ってくる。

 彼女の唇が近寄っているような気がする。

 なんだ? この感じは? キスするの?

 俺たちはまだ高校生だぞ?

 え? あれ?


 カランカラン。


「わ!」

「わ!」


 喫茶店の扉が開かれると共に、俺たちは互いに顔を背けることになった。

 ふう。間一髪だ。

 誰か知らないが、この店内に入ってきてよかった。


俺は店内に入ってきた人を眺める。一人の初老が店内へと踏み入ってくる。

 店内に入ると彼は帽子を取り、周囲を見回す。ツリーロックがきっじりと詰まった壁を眺めた。この店の特徴は木材で建築されていることだ。

 都内では珍しくオーソドックスを誇った建築であり、長年経営している。俺が生まれる前から夢を追いかけて自分の店を立てたのだ。


 ここは喫茶店ラッセル。珈琲を提供する喫茶店だ。店の自慢としてはアラビカのムンドノーボ、ブラジル産のコーヒーだ。父さんが必死にいい豆を仕入れたのだ。

 サイフォン式コーヒーはこの店の右に出るものはいないのだと、胸張って言えるのだ。


 と、そんなことよりもお客さんの対応をしないといけない。

 俺はカレーの鍋から目を離して、コーヒーカップの用意をする。

 この朝にくる時間帯の客は一杯のコーヒーを頼むのがセオリーだ。だから、俺はコーヒーカップを用意をする。


「いらっしゃいませ」


 マリはすぐにでも客を出迎える。彼女は可愛らしい笑みを浮かべて怯えることなく、初老の方に接客をしたのだ。

 初老の客は常連の客だ。名前は確か、田中さんだったと思う。

 この先にあるコンビニでタバコを購入してから、この喫茶店に踏み入って新聞を読むのだ。


「おお。見ない顔だね。新人かね?」

「はい。今日からここで働くことになりました。マリと申します」

「綺麗な日本語だね。お前さん」

「ありがとうございます」


 老人はそれだけ褒めると適当な席に座った。

 マリは老人の注文を聞く体制をとると、メモとペンを取り出した。


「ご注文は何にしましょうか?」

「そうだな。いつもの、じゃあ伝わらないか。ブレンドコーヒーを頼む」

「かしこまりました! ブレンドコーヒーですね。ありがとうございます」


 俺は注文を耳に入った瞬間に、サイフォンを起動した。

 上にコーヒー粉を入れる。秤で計量した既定なコーヒー量を火にかける前に上ロートに入れる。豆の量は決まっている。大体24グラムくらいだ。それはこのサイフォンコーヒー式の決まりでもある。


「ハルキさん。ブレンドコーヒーです」

「ああ。わかった。今用意する」


 丁度、マリが注文を受け取ってきたので、俺は返事をしてコーヒーの用意をしたのだ。


 次に上ロート部を押す。フラスコに上ロート部分を斜めに押す。その後に火をつける。炎の大きさに注意をして、火をつける。泡が出てきたら上ロート部をまっすぐに軽く押し込む。竹篦で粉をほぐしだす。フラスコ部分から上ロートにお湯が上がっていくので竹篦で使い浮いているコーヒー粉をお湯と満遍なく接触するようにほぐす。


 プクプクと湧いている火に注意をして、抽出する。浸出の時間を計測し、時間が経ったらアルコールランプの火を消化する。液体が上ロート部から下ロート部に落ち始める。液体がペーパーフィルターを介して下のフラスコに落ちてくる。液体が全て落ちるまで見守る。全部落ちてきたら、フラスコから上のロート部分を斜めに外して完了。コーヒーをフラスコからコーヒーカップに注ぎ、準備完了だ。


「はい。ブレンドコーヒーだ」

「わあ。いい匂いですね。さすがはハルキさんが淹れたコーヒーです」

「褒めるまでもないよ。君も練習すればこれくらいのコーヒーを淹れることができる」

「そんなことないです。ハルキさんはすごいです。コーヒー淹れもお上手です」


 マリに褒められて俺はちょっとだけ鼻が長くなった気がした。

 何だか、女子に褒められるのは嬉しく思う。特に美少女に褒められると俺は情緒不安定になってしまう。

 でも、ここは我慢だ。彼女は心の底から誉めているのではない。ただ、お辞儀で褒めているのだと。


「さ、このコーヒーを客さんのところへ運んでくれ」

「あ、はい!」


 マリは元気いっぱいに返事をし、コーヒーをお客さんのところに運び出すのだ。

 俺はサイフォンの片付けをして、手を洗う。

 何かをした後は手を洗うのは修練で覚えているのだ。


「ブレンドコーヒーでございます」

「おお! ありがとう。お嬢ちゃん」


 老人はコーヒーを受け取ると、柔らかい微笑みを返す。

 その後、コーヒーカップに手をつけると、ずずっと口の中に入れる。

 そして、はあ、と落ち着いたような声を上げた。


「ここのコーヒーは美味しいのう」

「はい! ハルキさんが淹れるコーヒーは世界一美味しいのです」

「それは言い過ぎだよ。マリさん。コーヒー界隈では、俺の腕は下の下だよ」


 厨房から俺はそう突っ込む。彼女は俺を讃え過ぎなのだ。

 俺の許嫁だからか、俺のことを持ち上げるのかな。

 うーん。学校が始まったら、ちょっと面倒なことになりそうだな。

 

 基本。学校では俺はスクールカーストの下にいる。

 誰とも釣り合わず、ただただ一人で過ごしていた。

 高校2年生になっても、そういう流れになるのだろうな。


「ほほほ。お二人さんは熱いのう」

「「そ、そんなことないです」」


 あ、声がハモった。

 ブシューと熱った顔で語るマリ。彼女は顔を隠しながら、逃げるように厨房に向かって小走りする。

 俺は初老の言葉に少し照れたので、気を晴らすために溜まっていた皿を洗うことにした。


 シンクに溜まっている数枚の皿を手にして、洗剤につける。

 そして、俺がシュッシュと洗っているところに、初老の客は俺に茶々を入れた。


「お前さん。いつになったら彼女と結婚するのだ?」

「ぶ!」


 かちゃん、ドバン。

 と、皿を滑り落ちてしまい、床へと落としてしまった。

 皿は見事にバラバラに割ってしまったのだ。


 俺は慌てて、割った皿を手にする。が、破片が指に刺さり血が流れ出した。

 何やってんだよ、俺。

 ただ老人のご冗談に真剣に捉えて、手を滑らせるなんて、父さんがいたら笑われるのだろうよ。


「ハルキさん! 血が出ています!」


 マリは驚いたように、俺の人差し指に手を触れる。

 俺は何ともないと言いように、笑って誤魔化した。

 喫茶店経営しているなら、これくらいの傷は定番なものだ。でも、何年振りなんだろうか、こういう皿を割ってしまうなんて。中学生でもわらなかったのに、高校になって皿を割るなんて、バカだな、俺は。


「大丈夫だ。これくらい、水に浸せば治る」

「ダメです。出血を止めないと」


 マリはそういうと、俺の指を自分の手にくわえる。唾液で、俺の傷を治療しようとしていたのだ。

 え? 出血を止めるってそういうこと? あれ? 絆創膏で貼ると思っていたんだけど。

 彼女の天然さに、俺は驚いてしまった。

 

 マリの口から暖かい唾液が指に伝わってくる。

 やがて血は流れなくなり。完全に止まったのだ。


「これで出血しました。後は絆創膏を貼れば大丈夫です」

「あ、ああ。ありがとう。マリ」


 俺は動揺しながらもマリに絆創膏を貼られるのを待つ。

 マリも自分の失態に気付いたのか、彼女は真っ赤な顔になり、俺の方に謝罪を入れた。

 

「あ、ごめんなさい」

「あ、いいんだ。マリ。皿を割った俺が悪いんだ」


 互いに謝罪を入れると、何だが、バカップルのようであった。

 本当に何をやっているんだ、俺たちは。

 普通にコーヒーを提供する喫茶店経営していればいいのに。


「ほうほうほう。熱いのう。お二人さんは」


 初老の客は俺たちのやりとりを眺めながら、笑みをこぼす。

 全く、この老人は俺たちのやりとりを見て楽しんでいる。本当に維持が悪い老人だ。

 

 だが、何もかもかマリが俺の許嫁になったのも、先週の出来事がきっかけだ。

 俺はとある人と出会い、彼から娘を預かったのだ。

 俺は記憶を遡り、一週間前の出来ことを思い出す。

 あの日。桜が舞い降りた日。俺は彼女と出会った



⭐︎⭐︎⭐︎


追伸:朝7.00時に投稿します。完結まで投稿しますので、よろしくお願いいたします。








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