第5話

「野上くん、写真撮って」

「うん」


 中学生の頃は、自分がカメラマンになるとは思わなかった。

 カメラを意識する切っ掛けになったのは、遠足でクラスメイトにカメラを渡された時。


「はい、チーズ」


――カシャ。


 ピースサインを作る友達の溢れる笑顔。変顔をして、ふざけ合いながら彼らは思い出を残していく。


「野上くん、俺の方もおねがい」

「こっちもー」


 お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い……。


 カメラのシャッターを切るたびに、写真をせがむ声が上がる。

 一人また一人と、野上に記念写真を頼み、ピースサインを作り光の輪の中で笑っている。

 誰も、野上を自分たちの輪に入れずに、そのことに疑問を抱くことなく幸せな思い出を形にしていく彼ら。

 

「ちょっと、野上君。もっときれいにとってよ。ひどいじゃない」

「あー。泣かせた。野上君、次はちゃんと撮ってよ。まったく、グズなんだから」

「しっかりやれよ。写真を撮らせてあげているんだから」

「……うん」

「なんだよ、その顔。俺たちが、お前をいじめているみたいじゃないか。笑えよ」

「……」

「はい、チーズだ。ほら笑えよ」

「は、ははは……はは」


 分かっていた。一枚もクラスメイトとの思い出の写真がいない立場。

 笑顔があふれる光の輪の中に野上が入ることはない。

 集合写真に入っている野上はまるで異物のようで、それを眺めるたびに言いようのない惨めさに襲われた。

 俺がいないほうがいいんじゃないか。俺は邪魔者でしかなくて、みなに背をむけられて当然の存在だと。

 卒業すれば、そんな負の感情から解放されると思ったのに。

 野上の願いは虚しく、クラスの誰かが野上の写真をコンテストに勝手に出して、カメラマンのアシスタントを頼まれて、気づけば大手出版社の専属カメラマン。


「野上君は、被写体の感情をうまく表現できているな。素晴らしい才能だよ」

「あはははは。光栄です」


 内心は複雑だ。根底にあったのは、うまくやらないといけない恐怖。

 負の感情で研ぎ澄まされた才能が、諸刃の剣となって野上自身を苛み始めた。

 はち切れそうな感情を持て余しながら、写真の技術を向上させて自分の首を絞めていく。

 そして、ある日。


「よ、野上。まさか、プロに出世したんだって。また今度、写真撮ってくれよ。娘の運動会なんだ」

「俺も頼む、結婚するんだ」

「料金は友達だから、格安でお願いね」


 お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い……。


 同窓会で爆発した。

 写真を学生時代と同様にせがむクラスメイトに、野上はその場で卒倒して、もう人間の写真を撮るのがダメだと悟った。


 もういやだ。だめだ。誰も俺に要求しないでくれ。写真を撮らせないでくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る