第4話

 カメラのファインダー越しに、波打ち際で遊ぶノヤギと目が合ったことを思い出し、苦いものが口の中に広がっていくのを感じる。

 野上を見つめ返した金の瞳と横一文字の瞳孔。はじかれたように野上から逃げる二頭のノヤギは、人間が何で自分たちを排除するのかわることはない。

 人間にとっては貴重な固有種。ノヤギにとってはそこに餌があっただけ。ノヤギは自分たちが生きているだけで環境破壊が進み、数多あまたの生命が失われていることがわからない。


 ノヤギは人間とよく似ている。

 まぁ、自然環境を回復しようと努める、人間の方がマシなのかもしれないが。そのマシだという基準も、つまるところ人間サイドの価値観でしかない。


 岡野を眺めて、野上は歪み切った自然界のありさまに、ひどく落ち着かない気持ちになった。

 

 人々が求めるのは、日常を忘れられるエンターテインメント。

 パソコンに展開される、夕闇に染まる空と黒い海の境界線を、エメラルドグリーンの炎が焦がしていく光景。

 大半を海に沈ませて、わずかに太陽の輪郭を残した円の部分が、燃える緑の瞳でじろりと野上を睨みつけているように見えた。


『素敵ですね。そういえば、この前のニュースでやってましたね。確か石垣島でしたか? ハワイでは、見る者を幸せにする言い伝えがあるとか』


 どこかうっとりと夢見心地で語る顔が、一瞬、祥子の顔と重なってぎくりとする。

 伸し掛かるように両肩が重くなり、すこし動いただけでぼきぼきと骨が音を奏でた。

 そんなに幸福になりたいのかと、うんざりとした感情を顔に出さないように、なんとか持ちこたえようとする。

 はやく、体中に湿布を貼って寝たくなった。


「条件が良い具合に重なってんでしょうね。本当に運がよかった」

『いえいえ、運も実力の内ですよ。さすが、O出版の専属だっただけはあります。この写真はパンフレットの見出しにしましょう』


 O出版の専属の言葉にひっかかりを覚えながら、無理やり喜びで心の中を塗りつぶす。

 見出し……その分、ギャラのアップが期待できる。

 あぁ、なんてささやかな幸せだ。グリーンフラッシュ様々だ。


「あはははは。明日は夜の撮影ですので、次の打ち合わせは明後日の午前で大丈夫でしょうか?」


 自分の浅ましさを悟らせないように野上は豪快に笑った。


『えぇ、構いませんよ。次もいい写真を期待しています』

「はははは……」


 肯定も否定もしないで笑ってごまかす。WEBカメラのレンズには、滑稽な己の姿が映っているのだろう。

 考えただけで死にたくなる。


『とはいえ、夜の撮影ですから気を付けてくださいね。野生化したヤギに襲われるかもしれません』


 冗談めかして言うも岡野の瞳は笑っていない。

 自分を見透かすカメラのような瞳に、野上は精一杯の笑顔を浮かべた。


「あっ、ははは。凄腕のガイドがいますから問題ありませんよ」


 はい、チーズだ。ほら笑えよ。

――嫌なことを思い出してしまった。


 顔を引きつらせながら、野上は笑うしかなった。

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