第3話
『これはノヤギ……ですか?』
懸命に控えめに訊ねているが、その目からは野上を咎めるような険しいものがあった。
いつもそうだと、野上は心の中で舌打ちする。自分で要求しておきながら、自分が不快だと感じるものを見つけて被害者ぶる。
『実際のところどうなんだい? かなり増えているって聞いていますが』
「そうですね。私が見た限りでは、人を見るとすぐ逃げる印象ですが……」
ノヤギとは、家畜として小笠原諸島に連れてこられて野生化したヤギのことだ。
島一つをまるごとハゲ山にするほど旺盛な食欲と繁殖力により、小笠原の固有種を絶滅寸前まで追いつめ、土壌を流出させて川や海の生態系にまで深刻な被害を与えている。
世界遺産・東洋のガラパゴス――と持ち上げられているが、外来生物の被害は悲惨そのものだ。
動物愛護なんて生易しい理屈はもはや通用しない。ノヤギを根絶してようやく環境が回復できた島もある。
ノヤギの他にもノネコやノブタといった、人の手から離れて野生化した動物が小笠原のみではなく、各所で生態系への深刻な被害を出している。
原因となった人間をすべて島から追い出して、環境の自然回復を図るという段階はとうにすぎて、人間が管理しなければ固有種たちが生き残ることは難しい。
今や自然を守るためには金と人手が必要であり、島に住む人間のためにも金が必要。観光産業は人間のみならず、小笠原諸島の環境を守るための命綱なのかもしれない。
――が、観光で来る人間にとっては、そんな生々しい事情なんて煩わしいだけだ。
岡野の顔が露骨に翳るのを苦々しく思いながら、野上はさりげなさを装ってフォルダをクリックする。
「あぁ。それと偶然ですが、グリーンフラッシュの撮影に成功したんですよ」
『お、これは』
ぱっと表情を明るくさせて、息を詰まらせる岡野に胃の中がぐつぐつと煮詰まっていく。
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