第2話
『明史。私たち、幸せになれるのかなぁ』
『……あははは。それじゃあ、今が幸せじゃないみたいじゃないか』
茶化したように笑って背を向けた野上は後悔した。祥子がこぼした溜め息が、自分たちの関係が終わりに近いことを伝えている。
大手出版社の専属からフリーのカメラマンに転向して三年。食うには困らない一定の信頼と評価を得るようになったが、専属だったころと比べると収入の差がうまるどころか逆に開いているのが現状。死んだ両親の遺産は当に尽き、祥子から金を借りたのも一度や二度ではなく、返すことができずに常に火の車。
今回の小笠原の撮影も、大手出版社O出版の専属だった前歴でとれたもであり、野上個人だった場合、仕事の契約が結べたのかも怪しい。
ホテルに戻ってパソコンを起動し、リモートでクライアントの岡野と打ち合わせをしてOKをもらえた写真のデータを送る。
パソコンのWEBカメラに向かって感心する岡野。野上はカメラのレンズをのぞくように岡野の表情を眺めながら、仕事の段取りを頭の中で整えていく。
夜の撮影に向けて、明日の朝一でガイドとの打ち合わせと機材のチェック、スケジュールの確認、やることが山のようだ。
『ほかに何か、変わったものは……』
岡野の言葉に野上の思考が止まった。彼の要求がいやというほど分かった。
野上の写真は風景を見事に切り取っているものの、面白みに欠けるというのが毎度の予定調和。
きれいな写真が欲しいクセに。と、口に出さず、野上はカメラをパソコンにつないで時間外にとった写真を見せていく。
なにもないコバルトブルーの海。白い砂浜に横たわる犬のふんみたいな黒いナマコ。我が物顔で島の自然を侵食するギンネムとモクマオウの木。
深い緑のジャングルと光のシャワーのような木漏れ日。本来ならいるはずのない
波打ち際で遊ぶ二頭のヤギの写真に、岡野の顔が険しくなった。まるで汚いものを見たかのように顔を歪ませて目元を痙攣させている。
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