第9話

「わかんねぇ。本当にわかんねぇんだよ」


 わかんねぇ、わかんねぇと繰り返す洸一は眼で訴えていた。

 なんでお前なんだ、と。

 彼は失い続けていた。母が駆け落ちし、父が死に、介護をしていた祖母は首を吊った挙句、薄情者の私にメッセージを残した。

 私にだけ宛てられた、書置きと謎の一文ばーさんの最後の遺志は、おそらく真意が孫に届かないよう隠されている。


 やがて落ち着いてきたのか、洸一が私に言った。


「わりぃ。一旦、外に出て頭を冷やしてくる。勝手に帰っていいから」

「うん」


 頷く私は、それどころではなかった。


『厨房をQ。トイレを川……』


 突然、ばーさんの声が脳内に木霊こだした。


「書置きの桜が、もしSOSなら。笑えぬはNで、もしかして川はトイレ。「れつ」って、もしかしてDを表現したかった? 星と花、父の名前は優星ゆうせい、洸一の母の名前は花奈かな……」


 託されたメッセージに、脳が軋んで悲鳴を上げる。


『木村食堂は私の青春なの』――真っ赤に染まった木村食堂。


 もしかして、前提を間違えていた?

 起きたのは駆け落ちではなく、もっと重要な――。

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