第8話
「ばーちゃんは、お前にも遺書を残していた。読んでやってくれよ」
ぶっきらぼうに洸一が言う。洸一から伝わってくる苛立ちには不安と寂しさが、雨水のように滲んでいた。
記憶が確かなら権代はすでに亡くなっており、身内が祖母以外に居ないからこそ、洸一は戻ってきたのだと母に聞いた。
悄然と肩を落とす様子が、行き場のない野良猫のように見えてしまう。そう見えてしまう己の傲慢さを私は恥じた。
名前が入った封筒を渡される。
「私宛の遺書、見たの?」
「あぁ」
正直に頷く洸一は「ばーちゃんが、なに考えていたのかわかんねぇから」と、不満げに表情を歪ませる。
洸一の「わかんねぇ」という言葉を表すように、封筒から茶色に変色した紙が出てきた。
【真実の愛に目覚めた私たちは旅立ちます。桜を見るたびに、子供たちの幸せを願っています】
「これって、もしかして駆け落ち事件の書置き?」
まさか、残っているとは思わなかった。
「言っておくけど、ばーちゃんはお前を恨んでいない。むしろ、申し訳ないってよく言っていたぜ。俺なんかよりずっと可愛がっていたからな」
牽制と先回りの意味を込めた言葉に、申し訳ない気持ちになった。
真っ白い紙の方が遺書だろうか。キレイに折りたたまれた紙を丁寧に広げて、綴られた文字に視線を落とす。
【藍ちゃんには幸せになった欲しい。だけど、弱い私を許してほしい】
【笑えぬ世の中。花と星は川に流れつつ。真っ赤に染まった青春の下】
「……ばーさんって、俳句や短歌が趣味だったかしら?」
メッセージとは別に書かれた一文に、私は眉を寄せた。
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