第7話

「あ、もしかして、藍か?」

「久しぶりね、洸一。これ」


 不思議なものだった。何年も経過しているのに、私は目の前の男が洸一だと、洸一は私が藍だと一目ひとめで分かった。

 とりあえず、自殺していなかった。よかった。

 あっさりとドアを開けた洸一は、疲労のせいで目の下にクマがあり、顔が青くむくんでいる。

 かける言葉が見つからず、私はオカズを渡して退散しようとすると、洸一が「待て」と私を引き留めた。


「ばーちゃんに、線香あげてくれないか?」

「そうだね」


 洸一の声には、若干、私の薄情を責めるニュアンスが含まれているのは気のせいではないだろう。

 苦い気まずさを引きずりながら、私は和室に入り仏壇の前で正座をする。

 仏壇には、ばーさんの写真と骨壺らしき白い壺があった。最近撮られたらしき写真のばーさんは、私の記憶よりもさらにシワを顔に刻み付けて、まるで顔中が傷だらけになってしまったようで痛々しい。


(ごめんね、ばーさん)


 心の中で詫びつつ手を合わせる。まだ四十九日しじゅうくにちが過ぎていないことに気づき、ばーさんの魂がまだそこらへんを彷徨っているのではと、部屋を見回してしまう。

 私の挙動になにかを感じたのか、洸一は天井を指さした。


「あそこで、首を吊ったんだ」


 感情のこもらない冷たい声だった。

 洸一は疲れ果てた笑みを貼りつかせて話す。


「この前、認知症だって診断されて、ショックだったんだ。遺書には、これ以上、俺に負担をかけたくないって」

「……」


 ずんっと腹の中が冷えた。どうしようもないと逃げてきたものが、一気に伸し掛かってきた圧迫感があった。

 発見が早かったのか、清掃員の技術の賜物か、ばーさんが首を吊った和室には惨事の痕跡が見当たらず、窓から淡い光がさしている。

 どうやら、雨が上がったらしい。

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