第5話

 木村のばーさん、本名は木村 くまさん。くまさんと呼ばれることが嫌いだったから、意地でも名前を呼ばせてくれなかった。

 ばーさんで充分だとわらう彼女はとても苦労人で、両親が事業に失敗して行き場を失ったところを、木村食堂の亭主に拾われた経緯がある。

 その後、亭主の息子と結婚して生まれた子供は息子二人、娘一人の計三人。だけど旦那と息子たちは川の氾濫で流されてしまった。


(どこでどう間違えてしまったのか)


 戸倉とくら家とばーさんの縁はさかのぼって三代続いている。私の祖母とばーさんは親友同士で、いつか互いの子供を結婚させようと約束した。

 祖母もまた苦労人で、体が弱く他所から嫁いだためにさらに苦労したとか、生まれた子供は一人(つまり、私の父)で、畑が悪いと馬鹿にされてきたらしい。

 祖母は唯一味方になってくれたばーさんを慕い、ばーさんも同年代で他所から来た境遇から、祖母をなにかと気にかけて姉のようにふるまっていたと聞いている。

 姉妹のように仲の良い二人は、目に見える希望が欲しかったのだろう。

 お互いの娘と息子に、いずれ結婚させるという重圧を課して、そして失敗した。


 戸倉 優星は勤め先の受付嬢に、花奈は木村食堂同じ職場で働いている、従業員の権代と結婚した。

 それが、不幸の始まり。私の祖母は息子の裏切りにショックを受けて、ほどなく亡くなり、祖父も追いかけるように後を追った。

 立て続けに起きた両親の死が軋轢あつれきとなったのか、優星は我が子と妻を拒絶するようになり、母も夫と娘を拒絶した。

 だが、拒絶したとしても幼子は勝手に育たない。母は、ばーさんに三歳の私を押し付けて復職を果した。

 多分、復讐だった。

 ばーさんたちが、結婚の約束なんてしなければ、母は結婚せずに済んだのだから。


 村役場のすぐ近くにまで辿り着き、ようやく目的地である木村食堂の錆びた看板を見つけて、私は過ぎた時間の流れに息苦しさを感じた。

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