第4話

 厨房をQ。トイレを川。ネズミの死体の片づけは注文番号D(注文番号はどうやら生き物系らしい)。

 仕込みは、煮込むことからN。ヘルプはピンチの真逆のラッキー7セブンから7なな

 緊急性の高いヘルプは最悪な状況から連想して、散ることが確定している【桜】……なのだが、客寄せ桜イメージが強いため、パンダに変更し、最終的に【上野】で定着した。今、食堂で働いている従業員は洸一の母を除いて、ヘルプが【桜】だったことを知る人はいないだろう。と。


『藍ちゃんは似てないねぇ』


 夢から覚めて感じたのは懐かしさよりも、強制的に過去を見せられているような不気味さ。そして、苛立ち。


(もうっ、嫌になる!)


 一連の不快感が故郷にあるという確信が日に日に高まり、暴いてやろうと帰省を決めた私は、明らかに正気を失っていた。

 一泊二日で実家ではなく、都市部のホテルに泊まる。簡単に墓参りをすませて母に顔を見せれば、憂いが払えると高を括っていた。

 私が帰省の旨を連絡すると、母は快諾しつつも、どこか浮き立つような空気を言外げんがいに匂わせる。


『ねぇ。木村のおばあちゃんや、洸一くんのこと覚えてる? 洸一くん、ここに戻ってきておばあちゃんを介護していたんだけどね』


 面白がる声に、胃のあたりから苦いものがこみあげていく。

 散々な目に遭ったのに、すっかり地元に染まってしまった母にうすら寒いものを感じた。

 お互いを見張りながら会話のネタを探す近所の眼。都合よく解釈する思考と低俗な好奇心。

 駆け落ち事件以降、周囲の私達親子の見る目が変わり、生活は彼らの好奇心によって無残に踏みにじられた。

 それなのに……。


 聞く価値もないと話を聞き流そうとした瞬間、母の言葉に思考が停止する。


――先月、つまり七月に木村のばーさんが首を吊って死に、ばーさんの介護をしていた洸一が死体の第一発見者になった。


 手にさげたタッパの重さが増した気がした。

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