第2話
翌日。俺は授業後になるまで優凪と行動を共にする方法を考えていた。
1.素直に言う。 成功確率33%
2.口実を用いて誘う 成功率72%
3.ストーカーする。 成功確率100% ※バレたら捕まる恐れあり
AIによる計算で導き出された選択肢から自分の意志で選ぶ。ここは『2.』で行くのが無難だろう。『3.』は成功率が高いとはいえ、道徳的に問題ありだ。
そういえば、近くにスイーツ屋さんができたと聞いたことがある。それを口実に誘うか。
「なあ、優凪。この後、何か用事はあるか?」
帰りの挨拶を終えると、すぐに隣にいる優凪へと声をかけた。
「うんうん。特に用事はないよ」
「そうか。最近、近くに人気スイーツ店ができたらしいんだ。それで行ってみたいと思っているんだが、男一人で行くのは憚れるから、一緒についてきてくれないか。優凪の分は、もちろん俺が……」
「行くっ!!」
優凪は目を光らせ、前のめりに同意してくれた。
呆気なく承諾を得られた。これは素直に言っても良かったかもしれないな。もしかしたら、ストーカーしても許して……いや、それはないだろう。
****
「ごめんね、こんなに買ってもらっちゃって」
優凪は手に持ったケーキ箱を両手で持って俺に見せながらお礼を言った。
スイーツ店での彼女の行動は率直に言うと『奇行』だった。スイーツ店は店内で召し上がるか、お持ち帰りするかの2択を選べる。俺たちは店内で召し上がることにして注文した。
注文の際、優凪は自分の目に入ったスイーツを片っ端から頼んでいた。その数は8個。とてもじゃないが、店内で食べ切れる量ではない。「そんなに頼んで大丈夫か?」と聞くと張り切って「私、スイーツはいくらでも食べれるんだ」と答えた。
だが、蓋を開けて見れば、店内で召し上がったのはたった2つ。3つ目以降は「もうお腹いっぱいだよ〜」と涙を流しながら眺めていた。「だから言わんこっちゃない」と思いつつ、店員さんに頼んで残り6つはお持ち帰りする形でケーキ箱に入れてもらった。
「別にいいさ。ただ、ケーキは日持ちしないから早く食べてくれよ」
「うん! 私こう見えてもスイーツはたくさん食べられるから!」
どの口がそれを言っているんだか。先ほどのスイーツ店での行為がないものだと認定されてしまったらしい。今の彼女の様子を見る限り、昨日のチャレンジ問題の件も、特に考えなく解こうとしたのだろう。梢さんが最初に言った言葉が正解だったみたいだ。
「ねえ、貴龍くん。あれ……」
二人して歩いていると、不意に優凪が俺の袖を引っ張りながら声をかけてきた。先ほどまでの朗らかな声とは異なり、緊迫感を秘めた様子から只事ではないことが伺われた。優凪の方を向くと彼女は俺の方を見ることなく俺のいる場所とは反対側の斜め前へと視線を送っている。俺は彼女の視線に引っ張られるようにして顔を向けた。
見えたのは黒い煙。工場からの排気ガスにしては異質な場所から出ていた。
おそらく煙が起こっている場所で火事が発生している。消防車が見えない様子からして今さっき起こった可能性が高いだろう。
判断した矢先、手をギュッと握られ、前方へと力をかけられる。見ると袖を掴んでいたはずの優凪の手がいつの間にか俺の手を握っていた。流石に見て見ぬふりをするわけには行かない非常事態だ。優凪の行動に合わせて火事が起こっている方へと走っていった。
発生源は8階建てのマンションの3階の端の部屋。窓から煙が外へと流れていく様子が伺える。窓が空いていると言うことは人が部屋にいるのだろうか。マンションから何人か出てくる様子が見られることから着実に避難は進んでいるようだった。
俺は彼らの様子を見ながら心臓の音が高鳴るのを感じていた。自分の精神状態がいつもと異なるのが分かった。火事を目の当たりにして、明らかに動揺している。
「たくちゃんっ!」
マンションに目を凝らしていると横から女性の大きな声が聞こえてくる。見ると三十代くらいの女性が必死に誰かの名前を呼んでいた。近くにいた男性が彼女の元へ駆け寄っていく。
「どうしたんですか?」
「あの部屋に私の息子が……近所にお出かけしていて、息子は留守番していて」
気が動転しているのか説明がおぼつかない。ただ、なんとなく言わんとしていることは分かった。俺は今一度、火事の起こっている場所を見た。煙は部屋の窓から外に放出されている。あの様子だと部屋の中は煙に包まれているに違いない。もし、仮に息子さんが家の中にいたとしても、一酸化炭素中毒で危険な状態であるのは間違いない。
今この状況で他の人が助けに行ったとしても、助けられるかは分からない。最悪の場合、助けに行った人の命までも失われてしまう可能性だってある。この状況で助けに行こうとするのは馬鹿な奴くらいだ。
だが、そんな馬鹿な奴が目の前にいた。
優凪は急いで走っていき、マンションへと入っていった。
俺は咄嗟に彼女を追いかけようとするが、一度立ち止まる。そこで消防車のサイレンが聞こえてきた。俺は思考を巡らせると近くにいた男性の両肩を握りしめて頼み事をした。そのまま彼の了承を得ることなく、優凪の元へと走っていく。
ポケットにしまっていたハンカチで口元を抑えながら階段を急いで駆け上がる。3階にいくと扉が開けられており、中から大量の煙が外へと流れ出ていた。俺は迷うことなく、部屋へと入っていった。
視界は白く包まれ、思うように前が見えない。命が危険にさらされている状態からか心臓の鼓動が今までにないほど高鳴っているのが分かる。それでも必死に煙をかき分け、奥へと進んでいった。迷っている暇はない。今は時間との戦いだ。
リビングに入るとキッチンの方から火が燃え盛っている様子が伺えた。赤く燃え盛る炎。それを目の当たりにした瞬間、俺は呆然と立ち尽くした。気が動転し、呼吸が困難になっていく。これは一酸化炭素のせいではない。俺の記憶の中で何かがざわめいている。
「翔真くんっ!」
嫌な気を優凪の声が振り払った。見ると彼女は両手で男の子を抱えている。彼は静かに眠っていた。まだ中にいたようだ。俺は彼女の元に駆け寄った。
「ここからどうしよう?」
優凪は俺の顔を見ながら困っていた。額には大量の汗が見受けられる。目尻に皺が寄っており、意識が朦朧としている様子だ。
「ベランダに行くぞ」
俺は彼女の体を引っ張りながらリビングの端へと行き、ベランダを開ける。外に出たタイミングで視界が歪んでいくのが分かった。先ほど炎を見て、呼吸を荒げたせいで大量の一酸化炭素を吸ってしまったみたいだ。
「ここからどうするの?」
「飛び降りる」
「……本当に?」
二人とも意識が朦朧としているためか、会話が様にならない。
「信じてくれ、祐華」
俺は自分をも諭すように冷静に言った。俺の言葉を聞いた優凪は静かに頷いた後、男の子をベランダの手すりに上げる。その間に煙はベランダへと侵入して辺りを包み込む。俺たちは気にすることなく、体を持ち上げ、外へと突き出した。
躊躇うことない。どのみち、今更引き返したところで意味はないのだから。
俺と優凪は互いの手を握りしめ、二人で男の子を抱えるとゆっくりと下に落ちていった。空気の抵抗は徐々に強くなっていく。俺は恐怖からか瞼を下げ、現実から目を背けるように視界を閉じた。
そして、体に強い衝撃が走るのを感じた。
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