【短編】継承知能
結城 刹那
第1話
「貴龍くんは今回も学年1位だったよ」
数学を担当する鈴木先生に渡されたテスト用紙を見ると、右上に点数が記載されていた。
98点。1問ミスで2点減点されていた。正直、学年1位の嬉しさよりも1問ミスの悔しさの方が勝っている。
学年1位は当然。なぜなら、俺はここにいる生徒たちとは『頭の作りが違う』のだから。
これは比喩的な話ではない。実際の話である。俺は他の生徒とは違った脳を持っている。
人工脳。その名の通り『人の手によって作られた脳』である。
生後3年が経った後、父親に埋め込まれた人工脳が俺へと移植されることとなった。俺の脳には父親、祖父、そして曽祖母の記憶が学習データとして埋め込まれている。エリート街道を歩んでいた父の学習データを受け継いでいる俺が1問のミスをするというのは信じられないことだった。
「うぉわ、98点! さすがは貴龍くんだね。私なんて70点代だったよ」
自分の席でミスした箇所を眺めていると隣の席の女子が声をかけてきた。自分のテスト用紙を両手で持ち、俺に見せている。右上に書かれた点数は78点だった。
テスト用紙に目を向けた後、彼女の顔の方に視線を移す。
茶色のミドルヘアをポニーテールに結んでおり、まん丸な赤い瞳が特徴的な少女。自分を卑下しながらも見せる表情は笑顔だった。優凪 祐華(ゆうなぎ ゆうか)。学級委員を務めるクラスメイトだ。
「優凪が70点代なんて珍しいと思ったが、最難関問題を解いていたのか」
数学のテストは『基礎40点+応用40点+難関or最難関20点』の計100点だ。難関と最難関の違いは量か質かだ。『長ったらしい問題をひたすら解き続ける難関』と『閃けば一瞬だが、閃くまでが長い最難関』。どちらを選ぶかは個人次第だ。
「解く時間がなかったのか?」
「うんうん。なんかチャレンジしてみたくなったんだよね。でも、ダメだった。てへへっ」
優凪は馬鹿なのだろうか。解く時間があるならば、難関に取り組んだ方が多くの点が稼げる。難関は全5問で1問4点。最難関は全1問で20点。難関でミスしたとしても、部分的に点数は稼げる。最難関は解けなかった時点で点数は全て失われる。合理的に考えれば、難関を選ぶのが当たり前のはずだ。
「優凪は変わったやつだな」
「いやー、それほどでも……」
褒めたつもりはなかったのだが、優凪は頭を掻きながら照れた表情を浮かべていた。
****
継承知能。1世紀前から試験的に行われている措置であり、今も一部の家系で内密的に実施されている。人工脳を持っている人間と自然脳を持っている人間が婚約し、子供が3歳を超えたタイミングで人工脳を持っている方が命と引き換えに子供に人工脳を継承させる。
これにより、家系の遺伝子はおろか、記憶すらも学習データとして次の子へと引き渡すことができる。また人工脳での解析・評価機能を使えば、物事の計算を容易に行える。あとは計算結果により導き出した複数の回答から自分の意志で選択するのみ。
以前の人工脳はネットにつながれ、ネット上を学習データとして取り入れていた。だが、ハッカーによる『人工脳ハック』で精神を犯されるという事件が発生し、以降の人工脳はネットには繋がれず、内部の情報のみで動いている。
「ねえ、梢さん。複数の選択とその選択の成功率が提示された場合、一番成功率の高いものを選ぶのが普通だよね」
人工脳を持っている者は定期的に家族で雇っているメンターとカウンセリングを行なっている。梢 清香(こずえ きよか)さん。俺のメンターを務める女性精神科医で、かれこれ11年間、担当をしてくれている。
「私でもそれを選ぶと思うわ。でも、どうしてそんなことを?」
「今日、数学のテストが返ってきたんだ。そのテストの最終題目は選択式になっていて、1問20点か5問20点のどちらかを選ぶんだ。1問の方は最難関の問題で閃きが必要。5問の方は長いけれど確実に点を取れる。この場合『時間がない』を例外とすれば、後者を選ぶのが確実だと思うのだけれど、隣の女子は前者を選んでいた。それがどういう理由なのかわからなくて。決して、頭が悪いわけではないんだ」
「ただ単にチャレンジしてみたかったんじゃない?」
「テストの点が悪ければ成績に響く。成績が次の進路につながる中学生にとって、その行動は汚点な気がする。仮にチャレンジしたいなら、テストが終わってからやるべきだ」
「翔真くんは、本当に頭がいいわね。そうね……では、有名な心理学的実験の話をしましょう。もしかすると何かの気づきになるかもしれない」
梢さんは咳払いをし、目を瞑る。おそらく実験の内容を頭の中でまとめているのだろう。
やがて、目を開くと少し遅れて口を開き始めた。
「『20万円を確実に入手できる』と『70%の確率で30万円を入手できるが、30%の確率で0円になる』という2つの選択肢がある。翔真くんなら、どちらを選ぶ?」
「20万かな。100%手に入るなら」
「なるほど。この問題には、答えというものは存在しない。でも、多くの人たちは翔真くんと同じく20万の方を選ぶ。でもね、確率統計学における期待値という概念を使うと30万の方が期待できる値は高いの」
梢さんの言葉から記憶を辿る。すると父の記憶データの中に『期待値』が発見された。
「人間の心理では、人は確率が高い同志の選択では確率がより高い方を、確率が低い同士の
選択では取得値がより高い方を選ぶ傾向にある。これはあくまで傾向にすぎない。翔真くんの隣の子はそこではあくまで期待値を選んだのではないかしら。まあ、それで30%を引いてしまったのは皮肉な話だけど」
「となると、あいつは頭が良かったのか」
「あくまで私の推測に過ぎない。でも、もし気になるのなら彼女と一度行動を共にしてみたら? もしかするといい発見があるかもしれないし」
確かに、優凪の行動を学習データとして取り込んでおけば、今後の自分の子孫の糧になるかもしれない。優凪という未知の人間を知れるかもしれないことに、俺は高揚感を覚えた。
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