第25話 獣の捕獲、ヨシイ古書店の供述(前)
井ノ口とヨシイ古書店は、聖マリアンヌ教会の納骨堂に入ったところで辻堂刑事ら警察に逮捕された。
私につけられていた盗聴器で、警察は迅速に動いてくれたし、犯行をほぼほぼ自供したようなものだった『シナリオ』音声を聞かされて、二人ともあっさり陥落したという。
また池上も自発的にスマホの位置情報を警察に提供していた。井ノ口との関係を辻堂刑事に告白してから、私に危害が加えられないようにしたいと申し出てくれていたらしい。
そもそも池上は井ノ口に脅されていた。館蔵のとある貴重な資料を破損させてしまい、言わないでおくから言うことを聞け、と言われ、入職したばかりで仕事を辞めさせられたくなかった池上はその要求を飲んてしまったのだという。
そして時間を見ては古書店などを回り、その資料を探していた。ヨシイ古書店にも足繁く通って探していたらしい。
でも井ノ口がその資料が手に入ったら必ず自分に先に一報入れてくれと全国の古書店に通知していたため、池上のところには連絡は入らなかった。ここら辺は、皆同じ職場だからいいだろうと思っていた節もあるのだろう。
老舗の伊織堂だけは誠実に協力してくれていたが、この頃古書店界隈でもおかしなことが起きていると池上に告げていた。どうもお宅の井ノ口とヨシイ古書店とが何かしてるんじゃないのかと。
それを聞いて池上は個人的に調べ出した。その中で分かった事が、井ノ口は計算して牧田を佐山氏のところに入れて、自分と同じように何かで弱みを掴んで追い詰め、佐山の情報を得るためのコマにしようとしたのではないかと言うことだ。
池上は、井ノ口とヨシイ古書店の変名であるニッコー門木氏の振込口座を開設させられたりと、多くの要求に応じさせられていた。この事件が起きてからは、やたらと巻きこまれている私を彼らが邪魔に思うようになっていたので、自分が犯人と誤解されている内なら彼らも油断するし、私も安全だろうと思っていたそうだ。
二人を取り押さえてから、別動隊が急いで牧田氏の様子を見に行った。
あの後、牧田氏は体調が良くないと言って先に帰ったのだが、自宅には戻っていなかった。警察が捜索し、佐山邸で彼が毒物自殺を図ったらしいという一報が入った時、誰よりも泣いたのは美千代さんだったのだという。
「美千代さんは気が強かったが、美千代さんなりに牧田さんを愛していた。だけど、本来牧田さんは流されやすい性格で、佐山さんの言うなりに美千代さんと結婚したが、本当は華子さんのようなおっとりした華やかな人が好きなんだ。それを見抜かれた華子さんに弄ばれるように不貞をしていた。美千代さんが知ってるなど気付きもしないでね。
山森さんとのことはよく分からないが、こちらも流されて付き合って、佐山さんの口利きに流されて別れた。
佐山さんは牧田さんの手綱を握るために、『不貞の証拠は他所に預けてある』と言ってたんだ。本当は私家本の時のMOディスクにこっそり追加で入っていたんだけどね。佐山さんもよく考えたよね、出版し終わったデータの入った古い型のディスクなんて見返さないもの」
発見された牧田氏は、リシンを飲み込んだものの、相当量を嘔吐してしまったために今のところ命に別条はないとのことだった。
「美千代さんが言うには、牧田さんは小心者なんだそうだ。華子さんに言い寄られて遊ばれてるのは分かっていたけど、それでも大それたことはしないだろうってね。それが裏切られたわけだから、あの夫婦も今後どうなるのか」
「そうですか。でもどうでもいいことですね」
「おや、池上さん。ご自身が牧田さんに騙されて井ノ口達に引き渡されたというのに、もうどうでもいいんですか?」
「日比野ちゃんが害された、という嘘の方がむかつきましたが、報いは受けてますからね」
警察に私達が助け出されて数日後。辻堂刑事が報告にということで私と池上の元に来てくれていた。
ケーキをいただきながらヘビーな話を聞いていたところ、突然池上に甘い空気を出されて私はギョッとする。だがそれに構わずに辻堂刑事は話を続けていった。
「だけど、比江島さんから『八頭女史のブレスレットにはすごいデータが入ってるらしい』っていう噂をなまじ聞いていたものだから、そっちに入ってると思い込んだんだろうね。牧田さんは。なんたって佐山氏の不倫相手だったし。とっくに縁が切れているのに気づかなかったのかね。
しかし、おどおどしているようでいて、あれはなかなかのタマですよ。婿養子に来て、舅の死に加担して、貴重品を盗み、さらに姉と妹両方を引っ掛けたわけだから。
自殺しようなんて本当に思ってたのかなぁ、と不謹慎にも感じてますけど、そこはね」
辻堂刑事の言葉を聞いて、私は呆然としてしまう。
「牧田氏まで不倫······。そんな風に見えなかったですけどね」
「日比野さんは男を見る目を養って下さいよ、危なっかしいから」
その後の調査で、井ノ口とヨシイ古書店店主が兄弟で、二人してあの石に惑わされていたことが分かった。
井ノ口より早くヨシイ古書店店主――
――――――――――
ヨシイ古書店店主・井ノ口亘(49歳)の供述
私達は三人兄弟で、私が一番下、豊が次兄で、その上にもう一人兄が居ました。
映画のカメラマンをしていた兄――厳は、途中で足を痛めて退職したのち、自分が関わった作品の資料を集めることから始まって、映画コレクターとなったのです。
巌兄と佐山義之は知り合いでした。佐山より少しだけ若いが佐山より多く集めていたし、互いに情報を教え合って切磋琢磨している、と何かの時に聞きましたし、友好的な付き合いをしているのだと。
そんなある日。巌兄と佐山が懇意にしていた映画評論家が、温かい土地に引っ越すからと大量のコレクションを譲ってくれることになったのですが、上手く立ち回った佐山がそれを全部貰い受けたらしいのです。それで巌兄と佐山の立場が逆転した。
自分だってその評論家の家にはよくお邪魔していた。伊東の別荘にも行って掃除も手伝い、別荘にも沢山ある資料を丁寧にファイリングだってした。
それなのに、自分が整理したコレクションを、全部貰っただと? と巌兄は怒り狂いました。
佐山はとある事情で全てを引き受けることになったが、けして巌兄を騙したわけではないと言ったそうですが、巌兄は許せなかった。
それを繰り返し言いながら、巌兄は先頃亡くなりました。
私達は兄の家を相続して、ヨシイ古書店という店を開き、佐山から盗られた品をどうにか取り戻せないかと考えました
豊兄が牧田を引き込んで佐山の情報を探り、そうして知ったことは、『夜を殺めた姉妹』に使用された石が全ての願いを叶える素晴らしきものであるということです。
佐山はある時から『夜を殺めた姉妹』に夢中になりました。傍から見たら狂気のように見えたでしょう。高名な富樫甲児の遺作であり問題作。またこの作品を撮ってから富樫は精神的におかしくなったように思えます。
そこで更に調べたところ、佐山がおかしくなったのは、あの映画評論家からコレクションを譲り受けてからだということが分かったのです。
牧田に調査させたところ、その映画評論家は『夜を殺めた姉妹』の撮影が終わった後から、様子がおかしくなったようです。
譲り受けた資料の中に彼の走り書きがあったようなのですが、映画が撮られた後にその評論家は金を掴ませて撮影所に侵入して、大好きな富樫のセットを堪能したところ、撮影で使われていた祭壇の石に惹きつけられたそうです。ひと目見たときから欲しくて欲しくてたまらない。尋常ではない欲望が湧き上がり、どうしても持ち帰りたくなったらしいのです。あやうく盗み出しそうになるが、そうなったら大問題。悩んでいたところ、底の緩んでいた一欠片が、持って行ってというように手元にやって来たのだそうです。
その映画コレクターが余命を数える病気をした時、佐山が全てのコレクションを引き継ぎましたが、その中にあの素晴らしき石の欠片もありました。佐山が牧田に言っていたそうなのですが、『夜を殺めた姉妹』の実際のセットの一部ということで、ものすごく興奮する。そしてこれを持っていると、何だか気持ちが高揚する、と。
佐山はそれを綺麗な瓶に入れて飾っていました。そうしたら、奥さんが徐々におかしくなって来たのだそうです。
佐山は娘達に『夜を殺めた姉妹』と同じ名前をつけ、玩具フィルムを集めまくり、『夜を殺めた姉妹』の切れ端フィルムをコレクションして行きました。映画評論家からの資料の中に『夜を殺めた姉妹』の準備稿をを見つけた時は、尋常ではない喜び方をしたのだとか。
そんなある日、たまたま『夜を殺めた姉妹』の切れ端を玩具フィルムの映写機で観ている時に、佐山の奥さんが発狂しました。理由は分かりません。
佐山は牧田に命じて空気の良いところに静養に出しますが、その甲斐なく奥さんは亡くなってしまいました。
そうして気がついたら、あの石も見当たらなくなっていたそうです。
私達が殺害した比江島直哉は、よく叔母さんを見舞いに行っていたといいます。そこで少年の比江島が叔母さんにその綺麗な小瓶を欲しいと言った。叔母さんは今はあげられないが、私が亡くなったらあげましょうと答えたんだそうです。なのに、比江島は惹かれてやまず、こっそり盗んでしまいました。
その頃、佐山は『夜を殺めた姉妹』の品が欲しくてたまらない時期でした。どうにか手に入れようとしますが、奥さんがいるのですべての金を自由にも出来ずにいました。そこでビリーズ美術館にコネもあった八頭さんを利用して手に入れますが、ミイラ取りがミイラになったのか、可愛らしく慕ってくる八頭を好きになってしまい、今度は八頭さんに夢中になりました。
佐山の奥さんは石が無くなって発狂し、衰弱もしていたのでしょう、のちに失意のままに亡くなります。奥さんの実家の比江島家は当然佐山のせいだと怒った。遊び歩いて浮気してと。でも亡くなった人を蘇らせることも出来ません。
佐山は八頭さんを大切にしたいと思っていましたが、娘と同じ年の後妻というのは許されなかった。家の方針で後妻を娶らざるを得なく、佐山は泣く泣く八頭さんと別れましたが、この頃には八頭さんは映画資料を手に入れるために騙されていたと思っているので了承したようです。
······これらの話は、比江島自身や牧田から聞いたことを推察している面もあるので、若干違うところもあるかもしれません。ご了承下さいね。
八頭さんと別れた後、佐山は我に返ります。あの石が側にあると心が囚われてしまうと。ですが、ビリーズ美術館から購入した中にはその石はありません。
佐山は調べていくうちに、このデスマスクがあの石なのかと思うようになります。何故沢本が極秘に生前に富樫のマスクを作り、亡くなった後になって盛大にデスマスクを作ったと言ってアピールした。生前に1体、死後に3体のはずが、死後に4体作ったことになっているのもおかしい。
デスマスクが八頭さんのところにあると問題が起きるかもしれない。八頭家はキリスト教信者だったからか、普段から十字架をつけているが、本人はあまり意識もなく、あの祭壇も佐山がいいのならと気にせず飾っている。そういうものに対する忌避感も少なかったようですね。
佐山はデスマスクを引き取り、代わりに強力な護符を入れたメダルのブレスレットを八頭さんに贈りました。そうしてから二人は別れたのです。
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