第26話 ヨシイ古書店の供述(後)
さて、石の欠片を手に入れた比江島ですが、今度は彼が『夜を殺めた姉妹』に囚われ出します。
その頃、私は牧田経由で映画評論家のコレクションから白岩や鳴子監督の台本、その他にも『夜を殺めた姉妹』準備稿の複製を作って売っていました。出処は不明として出して、面白がって買う人も多かったですが、どうやって入手したのかは話しません。
比江島の囚われている『夜を殺めた姉妹』の準備稿がウチにあるということで、比江島には随分詰問されました。実は佐山のところからだけではなく、石を盗んだ映画コレクターの家に忍び込み、床下を暴いたところ、まだいくらか隠されたお宝コレクションがあったのです。表立って盗んでいたものを持っているとは言えませんでしたけどね。
そうして私と比江島は親しくなりました。そのうち彼は八頭さんと知り合いになり、付き合うようになりましたが、それも初めは『夜を殺めた姉妹』狙いだったようですよ。でもその後にどうも本気で好きになってしまったように見えたので、八頭さんには男を惚れさせるそういう要素があるのですね。私は全く好みではありませんが。
比江島は佐山の後妻とも付き合い、『夜を殺めた姉妹』関連品をを奪えないか探っていました。後妻には介護用の監視カメラを書斎やリビングに置かせて、スマホで部屋を監視出来るようにまでしていましたから、よっぽどだったんでしょうね。
そんなに熱心だったのに、哀れ、比江島はネックレスに作り変えてまで肌見放さずにいたあの素晴らしき石を誰かに盗まれてしまいました。
あの石から離れると、大抵の人は我に返るらしいですね。何であんなに嵌っていたのか分からない様子で、比江島はもう私にも『夜を殺めた姉妹』の品を探せとはぱったりと言わなくなりました。
それでも私達には、佐山の後妻から情報を取って盗みに入りたいなどとと言ってしまってたので、私達はそれを言質に比江島主導として強奪計画を進めようとしていました。いつの間にか嗅ぎつけた川真田まで参加して、佐山の宝を狙っていたんです。
牧田を使って、佐山に『夜を殺めた姉妹』の祭壇の石に関することなどが、某県の蔵から出て来たのだと嘘をいい、その古紙回収車の中にあると告げました。彼は必ず手に入れなければと強い使命感を抱いたようです。
そして古紙回収車を借りて、佐山の家の裏山に停めて、やつをトラックの荷台に上がらせます。
隠れていた川真田達が佐山を突き落として殺そうとする。心臓が弱っていた佐山なら午前中からこんな事になれば死ぬだろうと思われていたのです。
だが、佐山は生憎死ななかった。
裏切られていると気づかなかったのか、佐山は牧田に『絶対に奴らにコレクションを渡すな。これは自分も良くないことをして集めたものもある。そしてその報いを受けたのだ。お前は欲に囚われずに幸せに生きてくれ』と言い、鎮痛剤を沢山飲んで病院に行きました。
結局心臓の弱った体に多量の鎮痛剤は悪い作用を引き起こしたのか、トラックから落ちたせいで亡くなることになったのか。······刑事さん、どっちだったんですか?
牧田がどうしてそこまで我々の言うことを聞いてしまったのか、ですか?
実は彼は学生時代に山森美香という資料館の女性と付き合っていて、子供を堕ろさせたことがあるんですが、堕胎費用も払わず着信拒否して逃げたんです。山森さんは大学を休学して極秘で産んでいました。豊兄はそれを知っていて、牧田に逃げろと唆した。佐山に匿ってもらって仕事を受けろと。牧田は感謝して、しれっと辞めてから山森さんと連絡を絶った。豊兄はそれをいつかネタに使おうと、私家本の校正を手伝ったりして牧田との縁を切らせないように努めたんですって。まんまと佐山の義息子に収まっている牧田としてはあまり探られたくない話でしょう?
豊兄はそういうとこの嗅覚というか観察力がすごいので、山森さんが体調を崩して休みがちになったこと、一度体調不良としてアルバイトを辞めて、病気をして留年したと言ってニ年してからまたアルバイトに戻ってきたことから、産んだんだろうと見当をつけた。
こっそり後までつけて、子供の存在を確認したんだそうです。いつか利用するために。
そして機は熟して、牧田を利用し始めました。山森さんにバラしたら今の生活も大変になるぞと脅して、巧妙に狭山の宝を手に入れようと唆しました。
牧田にしたら、自分は義息子だから何もしなくても遺産は手に入るから犯罪には手を染めない、と一度は断ったらしいのですが、佐山が映画コレクションを全て資料館に寄贈するつもりで遺言状も書いていることを内心では知っていた。
牧田には、資料館に引き渡す前にデータを改ざんして、価値のあるものだけでも手に入れよう。それに協力してくれたらもう脅すようなことはしないと約束しました。
あの家でも肩身狭く生活しているらしい牧田は陥落しました。
また豊兄は、山森さんのことも観察していたようですよ。今の生活に不満があって、時々母に子供を預けて憂さ晴らしで飲んだりカラオケに行ってるところを、偶然を装って豊兄がやって来て信用させてから、こう言ったそうです。
「牧田君って覚えてる? あの人卒業と同時に佐山さんの秘書になって娘と結婚して婿に入ったんだって。うまくやったよなあ。大金持ちだぜ? 狭山さんなんて高齢だ。遺産が手に入ったら反動で女遊びでもするんじゃないかな」
酔っている人間にそう言うだけで、じわじわと染みて行ったらしいですよ。
「子供は一人いるみたいだけど、夫婦仲はうまく行ってないらしい」
「佐山さんの娘妹さんは結婚してるけど子供はいないらしいから、いずれ牧田君の子供だけが全ての遺産を手にするのかね。牧田君の子供も大金持ちだね」
山森さんは徐々に自分の子が牧田の子と認知してもらえれば、遺産が手に入るのではと思うようになったと思います。
ドライバーの夫もうるさい姑もいらない。
牧田が資料館に来た時に豊兄がうまく誘導して会わせて、山森さんは自身と結婚するか認知しろと迫りました。
豊兄も二人の関係を初めて知ったような顔で、「認知してあげないと可哀相だよ」と牧田に追い打ちをかけたそうです。
牧田は出任せを言ってその場を凌いだが、我々の言うことを聞かないと身の破滅だと思ったようですね。
その後の流れはこんな感じです。
佐山が死んだあの日。
先程も言いました通り、川真田と私が協力して古紙回収を装って、『夜を殺めた姉妹』の出物があると牧田に言わせて、午前中に古紙回収車が来て佐山がトラックの荷台から落ちる。
その後頭を強く打ったことと、鎮痛剤の飲みすぎで病院に牧田が連れて行くも亡くなる。
佐山が病院に行ったと知り、まさか夫が死亡するなんて思っていない由紀子夫人が、前々から佐山のコレクションハウスに入りたがっていた比江島を家に呼ぶ。
ベッドで楽しく過ごしたあと、比江島は由紀子夫人にお酒とともに少量のサイレースを飲ませて眠らせておく。
由紀子夫人に所載の介護用カメラでチェックさせて地下室の鍵の開け方を知ったので、午後休暇を取って合流した豊兄、私、川真田を引き入れて地下室に行く。そこで豊兄のところに牧田から佐山が亡くなったと知らせが入る。
前もって欲しいものをリストアップしていたので、牧田から聞いていた場所から盗んでいくが、ここで現物のデスマスクがないことに気付いた。
目的のものがなくて腹は立つが、豊兄がデータベースから盗むもののデータを消しておく。一応控えも書き留めておき、牧田にも後でチェックしておくようにメールで頼む。
······実は豊兄が石ネックレスを持っていました。私が比江島から盗んで、豊兄が欲しがったというのが正直なところですが。その影響で豊兄は『夜を殺めた姉妹』の、特に大悪魔を召喚するということに異常な執着を持つようになります。
川真田は自分の欲しい物と佐山コレクションでは ジャンルが違うはずなのに、いいものが手に入るなら殺人に平気で加担するという男。私は川真田を利用しようと考えた。これを元手にミュージアムを作ろうと唆していくと、佐山のところで金目のものをもう少し持って行こうと言い出す始末。
揉めていると由紀子夫人が起きてしまうかもしれないので、早く立ち去ろうと比江島は言ったので、まずは乾杯だ、と豊兄が瓶ビールを出してくる。飲むと、比江島だけ眠ってしまう。まあサイレースを入れておきましたから当然です。
豊兄の発案で、比江島が八頭や由紀子夫人と付き合っているので、ここで比江島を殺して、痴情のもつれで殺人が起こり、何故か盗難も起きたという風にしようとしたのだ。川真田はギョッとするが、八頭女史のところに比江島を殺した証拠があれば平気だと唆す。
そのために前もって何度か私が八頭さんのところに行く比江島に付いて行ったりしていて、下地は作っていた。そして前日の内に八頭さんのところに撮影台本のコピー品を比江島からのプレゼントと偽って渡し、その代わりリウマチの注射器が足りなくなって痛がってるからここにあるのを貸して欲しいと行って持って来ていた。
「これを使って、殺人に仕立てます」
牧田には、佐山の家の近くに育っているトウゴマでリシンを作らせておいたので、それを注射器を使って比江島に打つ。嘔吐は綺麗に片付け、完全に死んだところで性器を切り取り、持ち帰る。
「阿部定風にして女性絡みと思わせます」
豊兄の言葉を聞き、さっさと片付けて逃げる。
その後で由紀子夫人が目覚める時には跡形もないので、比江島が殺されていることに気づかなかったはずだ。
そして次は八頭さんの殺人。まず、川真田が欲を突っ張らかして、八頭さんと結婚して財産を手に入れようとする。とは言っても、川真田は八頭さんが好きだったのではないかとも思えるが。振られた腹いせに殺したような気もするね。
睡眠薬を飲ませて彼女を眠らせてから偽造した婚姻届を提出しに行き、急いで戻って来てから比江島を殺す時に使った注射器を戻して、祭壇にセットを組む。面白かったので比江島のブツはレッドロブスターに挟まれた形で牛乳パックで氷漬けにしていたので、それを飾り付けて首を絞めて殺した。映画のようにセットを組み、八頭さんに演出をつけて吊るした。
ここの家にいるのは耳の遠い老人だけ。そう思っていたのに、まさかその日、奥でお嬢さんが寝ているとは思わなかった。誤算でしたね。
比江島が言ってきた、佐山が預けたシルバーのブレスレットも彼女の腕から無くなっていたし。
川真田は、佐山のコレクションで一財産儲かると皮算用を弾いていたようで、困ったことに我々が裏の商売をしようと考えていた予約制ミュージアムを本気で金儲けに使おうと考え出した。
それでもっと儲け話をと考えて外村監督のクラウドファンディングまでやらかした。もうこいつを飼っていると、こっちまで足元掬われる。
そう思って殺した。とりあえずの罪を全部着せて。そして、豊兄がニッコー門木とかいう名前でやっている批評家の本人役を時々やらせていた池上に、我々の罪を擦り付けた。
でもなかなか上手く行かないものですねえ。
お嬢さんと馬鹿にしていた彼女にしてやられて、池上にも裏をかかれていた。
山森さんは使えないし、ブレスレット一つも取れなかった。
あの『素晴らしき石』も見つからない。まあこれだけ見て回ってもないのだから、どこかの誰かが本当に大悪魔を召喚するのに使ったんでしょうかね。
······豊兄は、もう駄目かもしれませんよ。毎晩おかしな夢を見るんだそうです。早く解放しろ、と言うのだそうですけど、あんなちっちゃな石の中に何かがいるっていうんですかね?
今日は中秋の名月で空には満月があるんでしょう? 『夜を殺めた姉妹』のラストのようなね。次に満月が重なるのは7年後。それまでに豊兄はどうなっているのかなあ。······私もね。
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