第5話 佐山氏のご家族と事情聴取
「皆さん、ご家族と弁護士の方が来られましたので、お通ししますね」
応接間をノックされて、警察官が報告をしてくれる。先程の奥様が戻られたそうだ。
すぐにこちらへ向かって足音がしたので、私達は立ち上がって出迎えようとするが、その前にドタンという大きな音が響いた。
「どうしましたか?」
慌てて廊下に出ると、倒れた由紀子夫人を介抱する女性二人と辻堂刑事達。現場を見せる前に他殺の可能性があると報告したら倒れてしまったらしい。
茶の間リビングの横に佐山氏の寝室があるので、警察官が頭に気をつけて運んでいるが、ショックによる一時的な失神であろうとのこと。
大事にならずホッとする。さすがに一日に二度も死亡者と向き合うのは辛かったのだろう。
由紀子夫人を休ませたらしく、先程の女性達と弁護士が改めてこちらにやって来られた。
「この度は大変なことに巻き込みまして。私は佐山の長女・
「次女の
娘さんはお二人とも50代半ばくらいか、由紀子夫人の年齢から見て親子程の差はないので、おそらく前妻の娘さんなのだろう。
姉の方は品のあるブルーのサマーニットのアンサンブル、妹は名前の通り華やかなピンク地のワンピースを着ている。
どちらも美人だが、仮にも父親が亡くなった日にその服装なのか、と多少違和感を覚える。
「我々は国立映画資料館の調査資料課の者です。この度は御愁傷様でございました。そのようなご心痛の折に、申し訳ございません」
代表して西村課長が前に進み出て二人に挨拶を行う。
「いえ、あなた方のせいではないわ。父がそのように無理を言っていたと聞いています」
「映画狂いの父でしたからね。お気づきでしょう、私達の名前も」
「ええ。······
姉妹が顔を見合わせてふふふ、と笑った。だけどおかしいから笑うというより呆れてという雰囲気が強い。
「さすがね。父が好きだった作品らしいのだけど、この姉妹はラスト幸せにならなかったのよね。······父は何故この作品から娘の名を取ったのかしら」
そう言われると何と答えていいか分からない。
この映画はタイトル通り、ラストに暗い影を落として終わるからだ。
裕福だった美しい姉妹。戦争によって家の事業が斜陽に向かい、姉が政略結婚に踏み切るも上手く行かず、明るかった妹にも苦しい日々が襲い掛かる。最後はそれでも家を捨てずに家名を背負って、夜の街に目を向ける。
これがどういう結末なのかは分からない。陰鬱な中にも道端の花を摘み、寝たきりの母の枕元に飾って姉妹が夢物語を続けるシーンは、悲しくも美しいモノクロの映像美だったが、それを自分の名前に選ぶのはどんな親心なのだろう。
「佐山さんは富樫監督の作品がお好きでしたから」
苦し紛れのようにそう答える西村課長。それしか言えないと思う。
「それにしても、と思いますわ。もっと可愛らしい名前が良かったのに」
「本当よねえ」
あっけらかんとした華子の感想に、美千代も同意する。それを聞き、こちらは密かに息をついた。佐山氏、何故そこから名前を取ったんだ。
姉妹と私達の挨拶が終わってから、横に控えていた男性が頭を下げてくる。
「佐山義之氏の顧問弁護士の
江藤弁護士と挨拶を交わして話そうとしたところ、扉が再びノックされた。
「皆さん、ちょっといいですか?」
全員が席に着いたところで辻堂刑事が入って来て、現状の説明と今後のスケジュールを話すという。
「奥様が倒れられてしまったので、奥様への聴取の方は後回しにいたしますが。
まずこの家主ので家主の知人と思われる男性――比江島直哉さんが亡くなりました。状況から見て他殺。もしくは自然死の後に何者かによって遺体損壊された形跡があります。
家主の佐山義之さんは本日一階のコタツで突然頭を押さえて苦しみ出し、鎮痛剤を飲んだけれど治まらないということで病院に行き、そのまま亡くなられた。それがお昼頃ですね。ご家族と、それに弁護士の方が病院に呼ばれたそうですが、本当でしょうか?」
「ええ、間違いありません。ただお分かりのように彼女達は大切な家族を亡くしショックを受けております。差し支えない範囲で私が答えたいと思います」
辻堂刑事が娘さん達に話を向けたところ、すかさず江藤弁護士が差し止める。さすが弁護士さん。
「出来得る限りは御本人に確認したいですがね。ではええと、それから佐山氏の遺言に基づいて国立映画資料館の皆さんが映画資料の遺品整理に来られた、と。亡くなられてすぐにね」
「それは依頼人の強い要望に拠るものです」
「はい、分かりました。それで西村さん方五名がこの家にいらした······人目を避けて。これも故人の要望ですね。八時過ぎに着き、先に来ていた奥様と挨拶をし、奥様は一度帰られた。ここからは西村さん方しかこの邸には居なかった。それなのに警備会社のセキュリティは切ったままだった。その後手袋を嵌めつつ調査をしたが思ったものが見つからない。そうして偶然、二階の書斎デスクで、リビングに隠された地下室の鍵と西村さん方宛の手紙を見つける。西村さん方は手紙の指示に従ってリビングに戻って地下室に降りると、比江島氏が亡くなっていた。西村さん方は奥様と救急車に連絡し、奥様と娘さん方、弁護士の江藤さんがこちらに来た。というわけですね」
「ええ、概ねそうです」
「依頼人並びにご家族の行動に関しては、当職が把握している内容と一致します」
ふむ、と納得した表情を見せてから、辻堂刑事は娘さん方に向き直った。
「それでは、まず美千代さん、華子さん。比江島氏をご存知でしたか? お父様の知人ということですが、会話に出たことがあるとか、実際に会ったことがあるとか。いかがでしょう?」
「以前にパーティか何かでご挨拶したかもしれませんが、記憶にありません。父はこちらを建ててから、殆ど本邸には戻りませんでしたから」
姉の美千代さんが冷たい温度で先に答えると、続けて華子さんがおっとりと声を発した。
「そうですね。本邸では私達が小さい頃にも父が友人を招くということはなかったと思います。······ただ」
「ただ、何ですか?」
「知人なのかは分かりませんが、時々真っ黄色の封筒が父宛に届くことがあったのです。父はあの別邸を建てたことを人に話していなかったようで、書類でも何でも本邸に届くんですね。それを牧田が定期的に持っていくのですが、真っ黄色の封筒の時は、すぐに届けろと言われていたようです」
真っ黄色の封筒? 何だか意味深だけど何だろう。
「失礼、牧田さんとはどなたですか?」
「私の夫です。元々父の秘書的な業務をしていて、今は婿入りしてもらってるのですが、昔から『牧田、牧田』と呼んでいましたので、ついそのままに」
美千代さんは笑顔で話されているが、相当ひどいと思う。婿入してるなら名字も佐山になっているはずなのに、未だに妻から秘書時代の名で呼ばれているとは。何となく力関係を感じる。
「牧田さんは今日はご自宅に?」
「あら、呼んだ方がいいですか? 今は車の中にいますから」
ええっ、と声を出さなくて良かった。
池上が私の顔を見て笑いを堪えるようにしているのは本当にやめてほしい。
暫くして中に入ってきた男性が牧田さんなのだろう。
美千代さんよりも10歳近く若いのではないかという印象の人だ。尾崎係長と同じくらいの年齢に見える。有能そうではあるが、江藤弁護士は鋭い感じで牧田さんは寡黙に仕事をこなすような口数の少ないタイプではないか。
いかにもお嬢様でサバサバと話す美千代さんの旦那さんとしては随分地味というか、似てない夫婦と思ってしまった。
「お待たせしてすみません。
「牧田ったら! 駐車違反で切符切られるっていっても、私達、今この警察の方達に呼ばれているんだから平気よ!」
頭を下げる牧田さんを見て、華子さんがおかしそうに笑う。彼はこの二人と居る限り、こうして旧姓込みで自己紹介をしなければならない人生なのだな、と妙に悲しく思ってしまった。
と、そこに、「あれ、牧田君?」と西村課長が声をかける。
「牧田道佳君って、前にうちで入力のアルバイトに来てたことなかった? ほら日比野さん、データベースにも彼の登録あったでしょう?」
「······あ! 道路の道に佳人の佳の道佳さん?」
「そ、そうです。学生時代に少しお世話になりました」
年上の人に再び頭を下げさせてしまったが、私はつい興奮して話しかけてしまった。
当館のデータベースには必ず登録者の名前をフルネームで入力する。それなので過去のデータを検索していたりすると、この資料群はまとめて〇〇さんが入れたんだなとかそういう感じで先人の労を心の中で労ったりしていたのだ。『牧野道佳さん』は今は無き映画会社のスチル写真を大量に入力しておられたので、その会社のスチルを探す時にはいつも彼の名前込みでデータを見ていた。
「そうだったのですね。では卒業後に佐山氏のところで?」
「······はい。覚えられていると思いませんでしたので、ご挨拶せず失礼しました」
とても腰の低い方のようだ。だがあれだけの入力をした方ならば、やはり黙々と仕事をこなすタイプなのだろう。私は勝手に結論付けた。
「牧田さん、その節はありがとうございました。あなたがアルバイトしてくれた時はちょうどこのシステムをYAGI社に作ってもらったばかりで、試行錯誤の入力の頃でしょう? そのデータは今も活用していますよ」
「こちらこそとても貴重な経験でした」
和やかに西村課長と牧田さんが話していると、「そろそろいいでしょうか?」と辻堂刑事刑事が割り込んできた。
「ええと、牧田さん、とお呼びするのでいいのでしょうか? あなたは佐山氏の秘書だったと」
「正確には違うのですが、義父の佐山の表向きの仕事は不動産業でした。繁華街にいくつかの店舗付きマンション等を所有しており、その管理を私も手伝っておりまして。義父には色々なことを教わってましたから、その中で義父の秘書というか義父の元で動くということが多かったように思います」
「それで、先程娘さん方から本邸に届く郵便物を別邸に運ぶようなこともされていたと。そしてその中に黄色の封筒の郵便物が頻繁に届き、佐山氏はこれをとても気にしていたとか」
「不動産の事務所自体は別にございます。仕事関係のものはそちらに届き、当然のことながら自宅――本邸には私信が届きます。義父は別邸にいることが多かったですが、そちらの住所は周囲には秘密にしており、一人で趣味を楽しむ場所として愛用していたようです」
「まるで囲っている愛人がいるみたいにね!」
「お母様!」
突然の声に驚いて振り向くと、まだ顔色が優れない様子の由紀子夫人が立っていた。
姉妹二人が駆け寄って行くが、もう倒れることはなさそうな勢いでキレ出した。
「映画映画って馬鹿みたい! そんなもののために人生捧げて、私財投じて。突然死んだと思ったら、私達巻き込んで迷惑かけて! うんざりよ!」
苛々とネイルの行き届いた爪を弾きながら、投げつけるように言葉を続ける。
「愛人ならそれに文句言って金でも渡して何処かへやることも出来るけど、女優に向かうでもなく恋慕の対象が日本映画って! 狂ってるわよ!」
激昂したことでまた血の巡りがおかしくなったのか、由紀子夫人がグラリと揺れたので、江藤弁護士が支えてソファに座らせた。
「大変申し訳ないのですが、依頼人は体調を崩しております。彼女らへの話は後日にしてもらえませんか? 今日は御主人を亡くされ辛いお気持ちなのです」
「······分かりました。奥様、佐山家の皆さん、ご心痛の中に失礼しました。恐縮ですがこの邸は暫く捜査で立ち入らせていただきます。ですので資料館さんの調査も一時ストップしてもらいます。
江藤さんはもうしばらく残っていただいていいですか? では今日は遅くなりましたから散会いたしましょう」
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