第4話 謎の地下室に第二のコレクター

 一度茶の間リビングに戻ってくると、西村課長が尾崎係長と田代主任、池上に指示をしてコタツを動かす。

 琉球畳が敷かれたそこは特に何もない。


「今度は畳を外してくれ。コタツがあった場所だけでいい」

「はい」


 指示通りに外して除けていくと、板張りの床が現れた。寄木細工風のもので、畳で隠されてしまうには凝ったものだと思えた。


「さて、次なんだか······」


 そう言いながら、西村課長が寄木細工のパーツをあれこれ触っている。何をしているんだろうと身を乗り出して覗こうとしていたら、一部分だけプッシュ式でノブになる場所があり、そこを持って板が外せるようになっていたようだ。


 もしかしてこの床下収納にお宝があるのだろうか? そう思ってドキドキしていたが、コタツと同じくらいの大きさの羽目板を取り除くと今度はさらに分厚い金属の扉が現れる。


「······防災シェルター?」


 尾崎係長が呟くと、「おそらくそうだ」と西村課長が答えた。


「先程の手紙に書いてあった。防災に特化した地下室に真っ先に保全を頼みたいものがあると」

「いよいよですか」

「ちょっと楽しみー」

「俺、動画回しておくわ」


 再びここでもカードキーを使い、西村課長が扉を開ける。階段が見えて、その奥に地下室があるのだろう。西村課長が先に降りて、次いで動画を回していた田代主任が後に続いた。


「まあまあ広さはあるな······うわっ!」

「ほ、他の者は降りてくるな!」


 二人の動揺が響くが、私達もすでに降りてしまっていた。


 思ったより広さのある地下室の奥では――、男が血を流して倒れていた。





     ◇     ◇     ◇




 由紀子夫人に連絡をして救急車を呼ぶが、すでに事切れていることは明白だった。

 生命反応というものがないからだ。


「大丈夫ですか? 大丈夫ですかー!」


 田代主任が繰り返し声がけをして、倒れた男の肩を叩くが男は蒼白なまま身動き一つしない。


「田代、もういい。この方はもう······」

「う、はい。これだけ反応ないなら意味ないですよね」


 しん、とした中で、私達は奥の作業台にもたれかかるようにして力尽き倒れている男をどうしても見てしまう。

 男は60歳くらいだと思われる。歳は行っていてもまだまだ男盛りというようなダンディーな魅力がある顔だ。平均男性より大きな体で筋肉質、髪は白くなって来ているがしっかりと整えてある。下半身――ズボンのファスナーの辺りを中心に相当量の出血があったようで、周りの床にも血だまりが出来ている。

 

「課長。俺、ちょっと外を確認してきますね」

「ああ、救急車の誘導と······不審者がいないか見てきてくれ」

「俺も行きます。手分けしましょう」


 尾崎係長と田代主任が外に出て、空気が動く感じがある。そうすると血の臭いまで動いてグラグラする。


「日比野ちゃん、上にあがっていよう。俺達に出来ることはないよ」

「はい、すみません」


 池上に付き添われて応接間に移動させてもらう。西村課長はリビングに上がって館長と佐山氏の弁護士に連絡するようだ。


 どのくらいの時間が経ったか、救急車がサイレンを鳴らさずに到着した。その少し後にパトカーもやって来た。やはり事件性ありということで呼んだのだろうか。


「倒れている男性はこちらです。声がけや肩への接触をもって意識確認を行いましたが、反応はありません。また下腹部に多量の出血があります」


 救急隊員も確認をしたが、男に反応はなく、脈も取れなかったようで、あとは警察にお任せしますとして帰ってしまった。警察の方は救急隊員と何事かを話した後一度パトカーに戻って行ったので、死亡事故、事件として対応するために応援を呼んだのだろう。


「私達は国立映画資料館の研究員で、この家の佐山氏のご家族から遺品整理を依頼されやって来ました。時間がかかるということでご家族は帰宅しておりますが、先程連絡差し上げましたので、追ってこちらに戻られるでしょう」

「分かりました。この家の主は今日病院で亡くなられた佐山義之さんですよね? こんなに早く遺品整理をする必要があったのですか?」

「私どもが答えられることは限られておりますが、故人の希望と伺っております」

「とにかく、皆さんは応接間に移動していてもらえますか? ご遺体には肩以外にも触れられましたか?」

「いいえ」

「ではこの方をご存知ですか?」

「ええ。この方は、映画チラシ、パンフレット収集家の比江島直哉さんです」






 比江島直哉ひえじまなおや。佐山氏と同じく日本で著名な映画パンフレットとチラシを多く所有するコレクターだ。この二つは集めやすいのでコレクターの道の入門編として入りやすいが、その分、量が無限に増えていくという難点がある。特に館名入りのパンフレットや地方館独自のチラシなど、ある程度ルールを設けないととても収集し切れないだろう。比江島氏は現行については邦画洋画訪わずに国内で劇場公開されたもののメイン館のチラシとパンフレットを集め、過去作についてはオークションや古本屋等色々な形でコツコツと手に入れているらしい。

 ちゃんとした映画パンフレットが作られるようになったのは戦後からだが、戦前までのスタンダードだった館プロ――映画館プログラムも相当量所有しているらしい。

 

 その比江島氏がこの方なの?


 私は普段あまり表に出ずに働いているので、お名前は存じ上げているものの、この亡くなられた方が比江島氏だということを初めて知った。


「それでは申し訳ありませんが、この家の方が見えられるまでお話を聞かせてもらってもいいですか? そして恐縮ですが、事件の可能性もありますので、あまり邸内のものに触れないように」

「はい。私どもは貴重品に触れることを想定して、全員が来訪時より白の布手袋を着けていますが、そのような事情で来訪しましたためいくつかの場所に立ち入り、手袋越しに触れてもいます」


 第一発見者となる西村課長だけがリビングに残り、他の私達は応接間で待機する。暫くして後からやって来たらしい警察の方と西村課長が戻り、ここから順に質問を受けることとなった。


「私はこの付近の管轄になります東原警察署刑事課の辻堂つじどうです。

 先程西村さんより話は聞いていますが、念のため皆さんにもお聞きします。今日は何故こちらに?」


 尾崎係長が神妙な表情で答えてくれる。


「課長の西村が申した通り、この御宅の佐山氏は著名な映画紙資料コレクターでもありました。本日彼が亡くなったことで彼の遺言に従い、彼が亡くなられたら間髪を入れずに愛蔵品の当館への寄贈手続きを行う旨、以前より当館館長が託されていたようです。そのような経緯で奥様より訃報の知らせがあったため、彼の弁護士の言によって我々研究員が寄贈品の確認に参ったのです」

「故人はどうしてそこまで急いで寄贈手続きを済ませたかったのか、ご存知ですか?」

「私どもには分かりかねます。彼の顧問弁護士であれば知っていることがあるかもしれませんが」


 弁護士には連絡を入れました、と西村課長が口添えをして、連絡先も報告する。


「ここに到着したのは何時頃ですか?」

「夜八時を回ったくらいだったと思います。ここから歩いて十分程のパーキングに駐車していますので、それでおおよその証明になるかと思うのですが」


 これには田代主任が回答する。


「御宅に車を停めなかったのは何故ですか? 駐車スペースもあるように思いますが」

「今は空いていますが当時は奥様の車がありましたし、先方の希望で周囲に気付かれぬよう目立たずに来訪するよう要望がありましたので」

「それは奥様の希望で?」

「いえ、遺言の方です。それで私どもは日が落ちてから参りまして、奥様が自由に確認して良いとおっしゃられましたので、書斎や収蔵室を見させていただいていましたが、まだ所蔵品の持ち出しは行っていません」


 なるほど、と何の感情を受け取れないような様子で辻堂が頷き、手帳に目を通しながら質問を続けていく。


「この地下室のことは故人から聞いていましたか?」

「いいえ、二階の書斎のデスクを調べていた際に、我々宛の手紙がありまして、そこに書かれていました」


 尾崎係長が西村課長に目配せをし、その手紙を刑事に渡す。


「あなた方がここに来たのは八時過ぎ。この地下室を発見して中に男性が倒れていたのに気付かれたのが九時半頃ですか?」

「そうです。すぐに階上にあがり、課長――西村が通報しました」


 先程までの軽さは鳴りを潜め、池上もきちんと答えて行く。彼の真面目な姿を見ていると、本当に事件調査を受けているのだということが現実味を増してくる。今日は色んなことがありすぎて、頭がパンクしそうなのに。


「その時点で男性に息はありましたか?」

「意識確認をしても無反応でしたし、彼のでしょうか、血が随分と多く流れていたようなので······無理なのかと」


 田代主任が後を引き継いで話し、その事を思い出したのか、また肩を落とした。


「あなた方がこの御宅に来てから、不審者や怪しい物音などは聞いていませんか?」

「辺りを見回ったりはしましたが、何も気付きませんでした」


 全員で首を振る。あれだけ用心して周りを見ていたが、そんな気配はなかったように思う。


「あなた方はこの男性をご存知ということですが、この男性は佐山氏と親しかったのですか?」

「同好の士としては親しくしていたのかもしれませんが、私どもにとっては彼らはお客様ですので······。そこまで詳しくは存じません」


 尾崎係長が言うことに私達も同意する。特に私はお顔を見たのは初めてなのだ。それも伝えておく。


「では最後に。この方々に何かトラブルがあったと聞いたことはありますか? また男性の遺体には下半身に刃物による損壊痕が見受けられます。あの地下室以外に血痕を見た場所はありますか?」


 全員が息を呑んだ。先に質問を受けていた西村課長も驚いているので初めて知ったのだろう。

 損壊ということは他殺なのか? 

 暫し誰も口を開くことが出来ずにいたが、西村課長が絞り出すようにして答えた。


「トラブル······は、分かりかねます。それと、血痕は見ていますが、······損壊、ですか?」

「ええ。鋭利な刃物で男性器が切り取られております。気づきませんでしたか?」

 

 さらにグッと喉が絞まる。

 切除されている? 

 生きている時なのか亡くなった後なのか? 

 とにかく残酷なことが起きた場所に居るのだと、今はっきり理解した。


「······出血がひどいとは思いましたが、彼の腕に隠れてその部分は見えていませんでした」

「はい、私も気付きませんでした」


 最後に敢えて衝撃的なことをぶつけるのは常套手段なのだろう。辛そうな顔をする調査資料課のメンバーは辻堂の放つ言葉に一様にショックを受けていた。


 比江島氏は作業台にもたれ掛かって座っているような格好からずり落ちて、右の方から床に崩れていった形で倒れていた。その箇所にも左腕が覆いかかっていたので、よほど近くに行かなければ切除など分からなかっただろう。


 辻堂刑事は、手帳を仕舞うと席を立った。


「ではご家族がいらしたら、またよろしくお願いします」

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