イイハナシダナー

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『君はこのまま誰も信じず逃げ続けて、それで良いと思っているのかっ!』


 ゆるぎない意志が宿る言葉。刀のように鋭い眼光。小柄な身体から発する圧倒的な存在感。

 挙動の一つ一つに力があり、生きざまを表し、言外の情報を雄弁に伝えている――まさに演技だ。

 斜に構えていた意識が物語に引き込まれていくのを三浦は感じた。


 なぜ、こんな小汚いオヤジに?


 映画を観る前の自分だったら、この刑事の容貌をハゲ・ちび・デブと遠慮なく嘲笑していただろう。

 さわやかなキラキライケメンを追ってきた三浦にとって衝撃的なことだった。ビックバンだった。

 今まで眼中になかった嘲笑していた対象を、美しいと感じ、心の底から焦がれて惹かれている。

 心臓がどくり脈打つのを感じた。全身に血が駆け巡る感覚と共に、世界に色が灯っていくのを感じた。

 だが、以前とは違う色の付き方だ。

 ベテラン刑事のいぶし銀の演技に着目していると、物語の見えない伏線が見えた。カメラワークの工夫に感心し、俳優たちの見えない努力を垣間見た。

 大げさかもしれないが、三浦は自分の見ている世界の奥行きが広がったのだと確信している。


「葉子は見逃している料理のジャンルってあるかな。もしかしたら、この状況は新しい世界を知るチャンスなのかもしれないよ」


 自らの経験をもとにした前向きなアドバイスに、田端の瞳にわずかに光が戻った。


「そっか、なるほど。見逃したジャンルか」


 まるで三浦の言葉を噛み含めるように、キツネうどんを食べながら目を閉じる田端。

 やがて、意を決したように顔をあげると、頬を赤く高揚させて同僚に感謝する。


「ありがとう、広海ちゃん。私、探してみるよっ!」

「うん、がんばって」

「おいしいお店を見つけたら、今度お礼におごらせて」

「あはは、楽しみにしてるよ。葉子の舌は信用できるからね」


 その数ヶ月後――三浦 広海は後悔していた。

 眼前に広がる料理に顔を青ざめさせて、自分がとんでもないジャンルに足を踏み入れてしまったことを悟る。


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