黒歴史ではなく白歴史

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 独自製法もふたを開ければ、結局、1度、2度と温度を無難なレベルでずらした程度であったり、秘伝や伝統とうそぶくものほど化学調味料が味の幅を利かせて、結果的に似た味になっている。下手をするとコンビニスイーツや弁当の方がおいしいと感じることがあったという。


「もうね、みんながおいしいって言っている味は、結局みんな同じ味なのよ。いきつくところは結局、同じ味なの。もう、おいしいと思えないし、食べることが苦痛で仕方がなくて、だけど食べないとお腹すくし、つらくてつらくて……」


 あまりにも思いつめている様子に三浦は胸を痛めた。

 彼女の主義主張が贅沢だとも思わない。食べることは生きることだ。

 神の信仰と同様に、古今東西ここんとうざい、人類は料理を作り独自の食文化を発展させてきた。

 おいしいものを食べたい欲求は人類が獲得した生きる意志の一つであり、健全の証拠だと三浦は考えている。

 厄介なのは感情だ。特に負の感情は本能を塗りつぶし、最先端医療でさえ太刀打ちできない死に至る病を発症させるのだ。


「うーん。これは、深刻だわ」


 三浦はあごに手を置いた。

 食べることが好きな田端の幸せそうな笑顔を知っているからこそ、つらい、と零す言葉の重さが深刻さを物語る。


 なんとかできないだろうかと思い悩み、ふと、テレビが視界に入った。

 番組は心霊特集の続きであり、ひな壇のアイドルたちが可愛らしい悲鳴を上げている。


「そうだ、葉子はこのアイドルたちを見て、名前を全員いえる?」

「んっ……」


 今人気のアイドルグループ、マチナカ30サーティー。通称マチサー。その名の通り、30名のアイドルユニットだ。


「わからない、全部、同じ顔に見えるよ」

「そう、それなのよ」

「え?」

「私もね、学生時代シャイニーズ事務所のアイドルの追っかけをしていたんだけど、ある日、みんな同じ顔に見えちゃったのよ。あんなに好きだったのに」

「そうなんだ、結局アイドルも量産型なんだね」

「うん。売れると確定しているのなら、量産したほうが確実に儲かるからね。それでね……」


 全員同じ顔にみえる状態なのに、追っかけていたアイドルが主演を務める映画を観に行った。

 理由はチケット代がもったいなかったからだ。特になにも期待してないし、時間を潰せればそれでよかった。ただそれだけだった。

 よくあるすれ違い、よくあるセリフ回し、よくあるボーイミーツガール。そこに絡まってくる大人の思惑とミステリー。

 殺人の濡れ衣を着せられて逃亡する主人公と、そこへ真犯人を追うベテラン刑事が邂逅かいこうを果たした瞬間、三浦の世界は光と色を取り戻した。


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