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「私、死んだって実感ないのよね。動画の編集中にお酒を飲んでいて、トイレに行こうとして転んだ記憶まではあるんだけど」
困ったように彼女は言う。
レディースクリニックの医院長であり、日本医学会の重鎮の娘である月嶋 琴子は、美容系や料理、簡単なストレッチ、ヨガ、たまにアニメやゲームの実況等、多岐にわたり活動してきた。
学生時代の私も先生のファンだった。彼女の料理動画は、時短やカット野菜を効率的に使うことを熱心に説き、時間をかけることが愛情ではないと語っていた。
先生が動画で教えてくれた、だれでも出来る家事のテクニックは一人暮らしで右往左往していた日々の中で役に立ち、短時間のマッサージやストレッチも疲れた体を癒すのに一役買った。
さらに月一のライブ配信による悩み相談で、身体的なことや病気の悩みに対してアドバイスする姿は、さすがレディースクリニックの医院長だけあって、的確でわかりやすく親身に励ます姿が印象に残っている。
だが、出る杭は打たれるものだ。
先生の言動に妙な解釈を付与して炎上させる人間。ライブ配信で彼女の尊厳をわざと傷つける視聴者。勤めているレディースクリニックの誹謗中傷など。
心無い視聴者に追いつめられて、自ら命を絶ったのだと。
自分のことではないのに、本当に無念に感じていたのを今でも覚えている。
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呪いの動画。内容はなんのことはない。
青い海を大きく映して、月嶋先生が「ひと夏の間、南国のリゾートを貸切った」ことを報告した。
そこに女性の視聴者を招待したいと。私は日本の女性を勇気付けたいのだと。
そして、『女のためのひと夏の思い出企画。女性限定、南国リゾート貸し切りで疲れた心を癒やそうツアー』の企画を発表し、詳しい内容に入る段階で動画が唐突に終わる。
動画の編集を終える前に、彼女が死んでしまったからだ。
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ここに来て、もう何日経過したか分からない。
分かったことは、ここではひと夏――先生がリゾートを貸切っていた期間が延々にループしていること。
現実の世界と繋がっている影響なのか、ネットやSMSが利用できること。
私と同じ、誰かに傷つけられてここに辿り着いた女性たちは――『ツアーの参加者』と呼ばれていること。
おそらく先生の願望が作り出した、参加者のお世話をするリゾートの従業員たちは『影』と呼ばれ。
たまに、なにかがキッカケでここに迷い込んでくる『参加者以外の人間』のことは『ゲスト』と呼ばれていることなどだ。
海の上の素敵なコテージで寝泊まりして、趣味の合う友達が出来て、毎日海で泳いだり、ビーチバレーをしたり、月嶋先生が用意した図書館で本を読んだり、カラオケで歌って、観光客用のシアタールームで映画を見て、パソコンで動画を見て。
ご飯はおいしい、挨拶が嬉しい、殴られないし、蹴られない、ぐっすりねむれて、自然が美しく、みんなやさしい。
当たり前のことが非現実だという、傷つけられた女たちの閉じた楽園で、私は人間らしく笑えることが出来た。
だから。
「いや、帰りたくない!」
「だめだ。帰るぞ! お前にはやってもらうことがあるんだ!!!」
来たのだ。呼ばれてもいないゲストが。
泣き叫ぶ参加者。彼女を怒鳴りつける男の目は血走り、なんのためらいもなく女性の髪を掴み上げる。
「やめなさいっ!」
月嶋先生が割って入り、女性たちが男を取り囲む。
彼女たちの手にもっているのは、金属バット、包丁、カッター、フォーク、剪定バサミ……etc。
みな眼が据わり、私も目の前の男を許すつもりはない。
呪いの噂には行方不明になった後のバリエーションがあり、『消息不明』『帰ってきたが行方不明の間の記憶がない』『惨殺死体で見つかった』などがあげられる。
『消息不明』は私たち。
『帰ってきたが行方不明の間の記憶がない』は逃げることに成功したゲストか、傷が癒えて現実に戻れた参加者。
こいつの未来は『惨殺死体』で決定だ。
いつものように死体を海に投げ捨てて、私たちは終わりのないひと夏を甘受する。
恐らく、追悼動画がネット上からすべて削除されるまでずっと。
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