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「向こうにもう一杯あるんだけど、一緒に行きましょう」
「あ、は、はい」
促されて私は先生の後ろをついていく。
頭の中に何度も反芻される『南国リゾート貸し切りで疲れた心を癒やそうツアー』に思わず。
「あの、もしかして、私は動画に閉じこめられたのですか?」
と、思ったことを口に出して後悔するが、振り返った先生は気遣うような優しい笑顔を作って言った。
「そうみたいね。だけど、良い所よ」と。
涙はすっかり渇き、先生の言葉になんだか安心してしまった。
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名前が出口なのに、出口がない。
私、
テンプレすぎるが、外面の良さに騙されて同棲した直後に化けの皮を自ら外した。
服装のチェックから、レシートの小言、家事のイヤミ、交友関係の口出し、私の両親に対する聞くにたえない暴言。
ある日、私は意を決して同棲を解消し、マンションから出ていこうとしたのだが、激昂した英伸によって半殺しにされて、鎖につながれることになった。
「助けを呼ぼうなんて思うなよ。オレの評判を少しでも落としたら、お前の両親をじわじわ嬲って殺してやる」
それからの私の扱いは犬以下だ。
いつの間にか仕事を辞めさせられて、外部との接触を断たれ、監禁がうまくいっている日々に自信を持ったのか、英伸はますます増長していった。
殴る蹴るは当たり前、ストレスなのか鼓膜が破れたのか、耳が何度もきこえなくなり、意志の通り辛さにさらに殴られることになった。
このままでは殺される。
が、どうすればいいのか分からない。頭がうまく働かない。
壊れていく私の様子に、さすがにヤバイと感じたのか、英伸は私に娯楽を一つ提供することにした。
元々私が仕事で使っていたノートパソコンを「ユーチューブだけは使っていい」と英伸は許可した。
多分、私が猫動画の良さを語っていたことを覚えていたからだ。
私は感謝した。無茶苦茶な要求であるが、そんなことになんの疑問もわかないほど、私の思考はすり減っていた。
殴られ、蹴られ、レイプされ、家事をして、ユーチューブで動画を見る毎日。英伸は念入りにパソコンの履歴をチェックして安心すると、私を殴り、蹴り、レイプし、自らを称賛するように強制した。
「貴方は私の神様です。私は卑しいメス豚です。そんな私を生かしてくれてありがとうございます」
「貴方のやることはすべて正しく、貴方を否定するすべてが間違っています」
「貴方の努力は報われるべきことであり、貴方の努力を認めない者はゴミクズ同然であります」
他にもなにかを言わされたが、もはや自分でもなにを言っているのか分からず、壊れたラジオのように口から音を垂れ流していった。
ゆるやかに、じわじわと最悪な状況に追い詰められている自覚がありながらも、頭の中には淀んだ闇が広がってなにもすることが出来ない。
誰かに助けてほしいという概念すら消え失せて、徐々に自分の中から自分が消えていく。
停滞している、だけど、時計の針は情け容赦なく進む。
季節が夏にかわり、ユーチューブに怪談話があふれるようになったころ、私の意識に『呪い』のキーワードがひっかかった。
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【呪いの動画】の噂
カリスマ
10年前に謎の死を遂げた彼女は、死ぬ前にある企画に携わっていたという。
それが、
『女のためのひと夏の思い出企画。女性限定、南国リゾート貸し切りで疲れた心を癒やそうツアー』
10年が経過したことで熱心なファンが遺族から許可をもらい、彼女が死ぬ前に配信しようとした動画を追悼動画としてユーチューブにアップしたのが始まりだ。
呪いの噂には行方不明になった後のバリエーションがあり、『消息不明』『帰ってきたが行方不明の間の記憶がない』『惨殺死体で見つかった』などがあげられる。
私は「これだ」と閃いた。元動画はすでに削除されたが、コピーされた動画が今もなおネットを漂い、分裂と消滅を繰り返している。
このまま、自分が死ぬまで終わらない地獄にいるよりは……。
呪いに辿り着こうと、私は藁にもすがる気持ちでネットの海を泳ぎまわった。
とうに正気なんてない。終わりのない地獄をおわらせたい。
ただただ、楽になりたい。それだけだった。
そして、ついに辿り着き――。
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