スライムのお嫁さんとの放課後




 昼休み後から三・四・五限と授業が終わり、スマホを確認するとアノマから連絡がきていた。


『全ての授業が終わり次第、部室棟文化部館前へ』


 それだけの簡素なメッセージだ。

 とりあえず放課後と言う事で、クラス中からの質問攻めを掻い潜りながら部室棟を目指す。


「プルルちゃん、また明日ねー!」「ウンディルムー!明日こそ詳しく聞かせろよー!」「お昼休み、楽しみにしてるねー!」

「皆様ー!また明日ですー!」

「ま、また明日〜」


 僕の慣れない挨拶に比べて、プルルは堂々としたものだ。

 クラスのみんなが見えなくなるまで、プルルはぷるぷる身体を伸ばしながら、手を振っていた。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「今生の別れでもないでしょうに……随分しっかりとした挨拶だった様だね」


 校舎から少し離れた部室棟文化部館前に着いた頃には、授業が終わってからそれなりに時間が経ってしまっていた。

 目的地の入り口前で仁王立ちした彼女からは、少し苛立っている様な気配がする。

 あ、まずい……。

 これはきっと、待たされてイライラしてるんだ……。


「アノマ様、お待たせしました!またお会い出来てすごく嬉しいです!」

「………………うむ、私もだよ。ありがとう、プルル」

「アノマ、昼間は本当にありがとう。あと、遅くなって本当にごめんね?」

「……はぁ、気にするな。全て、私が私の為にやった事だ。遅くなった事も怒ってない」


 す、すごい。

 プルルの悪気のなさで、アノマのイライラが浄化された……!?

 流石、僕のお嫁さん。恐ろしい娘っ!


「さて、それでは目的地に移動する。付いてきたまえ」



 アノマに付いていって到着したのは少し寂れた扉の前。

 階段を登って最上階の一番端の教室で、教室のプレートには『生物部』の文字。

 てっきり新しい部を発足させるから、空き教室かどこかに行くものだと思っていた。

 僕の疑問をよそに、アノマは遠慮なく扉をノックしていく。

 十数秒経っても反応がなかった為、アノマがもう一度ノックしようとしたタイミングで、ゆっくり扉が開いた。


 扉から出てきたのは、二メートルを優に超える巌の様な大男。

 て言うか…………。


「アドラ先輩?」

「あ……ミ、ミュカ君か……びっくりしたぁ……ひ、久しぶりぃ……だねぇ……」


 まさかの知り合いだった。


「ん?ミュカ先輩、彼と知り合いだったのか?」

「あ、うん。よく図書室で本を借りる関係で知り合った『アドラ・グレンデール』さん。僕の一個上の先輩だよ」

「ミュカ様のお知り合いでしたか!はじめまして、プルルです!ミュカ様のお嫁さんです!」

「へぇ……そ、そっかぁ……お嫁さんかぁ……え?お嫁さ……ん?それに、スライムが喋った?」

「あー、んっんん!とりあえず立ち話もなんだから、中に入れてくれると助かるんだがな……?」


 と言う訳で、生物部の部室の中に入った。

 部室の壁一面に置かれたケージには、それぞれ怪我や病気などと思われる弱った鳥や動物達が入っていた。

 中はヒーターや加湿器などによって、温度や湿度が保たれている為、春先の夕方でも過ごしやすい。


「い……今の生物部は……動物の飼育・観察はもちろん……近所で見つけた弱った動物を保護して、自然に帰す活動を……してるんだ……もう……俺一人に……なってるけど……」


 アドラ先輩は図書室に動物や鳥類に関する本をしょっちゅう借りにくるくらいの生き物好きだ。

 きっと優しい先輩は、怪我や病気で弱っている生き物を見過ごせなくて、部室で世話を焼いていたんだろう。


 ……だけど。


「回りくどいのは苦手だからハッキリ言わせてもらう。アドラ・グレンデール先輩、違法に鳥獣を保護した事をリークされたくなければ、速やかに生物部を私達に明け渡せ」

「な、そ……そんなぁ……!」

「アノマ様!?何でそんな事を……ミュカ様!」

「……プルル。許可無く勝手に鳥や動物を保護する事は、自然環境を乱さない為にもやってはいけない事って法律で定められているんだ」

「そう……なんですね……」


 多分、一人で生物部をやっているのもそれが理由なんだろう。

 だってアドラ先輩は、図書室で一人になりがちだった僕に何度も話しかけてくれた、本当に優しい人だから。


「だ……だめだ!コイツらの中には、まだ満足に歩けないヤツだってたくさんいるんだ……!それを……放り出すなんて……!」

「無論、タダでとは言わない……プルル君」


 アノマが意気消沈しているプルルに話しかける。


「君は確か、魔法が得意なマジックスライムだったよね?」

「……………………はい」

「魔法には様々な種類がある。代表的なのは、火・水と言ったエレメントを操る『属性魔法』他にも色々あるが……対象の疾病を改善する『回復魔法』なんてものもあるね」

「…………は、はい!」

「ちなみにプルル君、君は回復魔法は得意かな?」

「はい!もちろんです!」


 まったく……頼もし過ぎるでしょ、僕のお嫁さん。


「プルル。ここにいる動物たちは……」

「任せて下さい!皆さんまとめて治してみせます!」


 そう言ってプルルはピョンと部室の床に降りると、以前契約の時にした様に自身の身体を流動させて、魔法陣を構築していく。


「アドラ様!保護した鳥や動物達は、どこに帰る予定でしたか?頭の中で強く念じていて下さい!そこに送ります!」

「え……う、うん!わかった!頼むよ!」


 話している内にも、プルルの魔法陣はより輝きながら、より高度に仕上がっていく。


「!魔法陣の準備、出来ました!みんな元気になあれ!『ヒーリング・サークル』!!」


 魔法が発動して、それまでぐったりしていたケージの中の生き物達が、徐々に元気を取り戻していく。

 そして、生き物達が全て元気になって魔法陣が消えると同時に、生き物達も姿を消した。

 どこに行った?となったけど、部室の窓から見える近くの林から何羽もの鳥が飛び立った事でアドラ先輩にはわかったみたいだ。


「……あの数の生き物を一気にテレポーテーションだって?なんてデタラメな……」

「ミュカ様!みんな治せて、無事に送っていけました!」

「うん!プルルは本当にすごい!流石、僕のお嫁さんだね」

「ミュカ様のお嫁さんなら、これくらい当然です!えっへん!」


 そんな事を話していると、アドラ先輩が涙目で近づいてきた。


「ああ……ありがとう、スライムさん!君はみんなや、俺の恩人だ!」

「えへへ、嬉しいです!あと、私はプルルです!」

「幻聴じゃなかったのか……わかった、プルルさん!それにミュカ君やアノマさんも!本当にありがとう!」

「なに、当然の事をしたまでさ。では……」

「あ、ああ。俺は部室を出ていくよ……部屋は好きに使ってくれて良いから……」

「いいや、アドラ先輩。その必要はない」



「だって私達は、生物部に入部しにきたのだから」



「ん?」「へ?」「は?」

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