スライムのお嫁さんとの学校面談(6)




「『ハルダン・ウンディルム』と『ネーロイ・ウンディルム』それがプルルの言うお師匠様達の本当の名前です」


「お師匠様達が、ミュカ様のお父様とお母様!?」

「……そう、なのね」

「なんだと!?」


 僕以外の反応は、三者三様だった。

 プルルは驚いてはいるけど、どこか嬉しそうな声色だ。

 まあ、当然の反応か。

 何せ、自分の生まれた時から良くしてもらってた人の本当の名前を知る事が出来たんだから。

 校長先生は気を遣ってくれているのか、反応は控えめ。

 どうやら僕の様子を見て、何か察してくれたらしい。

 ありがたい様な気がするし、申し訳ない様な気もする。

 そして……。


「ウンディルム!今の話は本当か!?」


 キンニ先生は机の上のお茶が跳ねるのもお構い無しで、僕の方に勢いよく近づいてきた。


「あ、あの……先生?」

「本当なんだな?!プルル君の言う『湧水の魔法使い フォンターナ』と言う女性が、君の母親のネーロイ・ウンディルムで間違いないんだな?!」

「は、はい!間違いありません!」


 キンニ先生は焦った様に僕の両肩を掴みながら、いつもの凛としたイメージとかけ離れた様子で僕を問い詰めてくる。


「どこだ!彼女は今、どこで何をしている?!もう……もう何年も会えてない、連絡だって取れてないんだ!!教えてくれウンディルム!彼女は、ネリィは無事なのか?!!」

「キンニ先生!落ち着きなさい!」


 校長先生が、キンニ先生の腕を掴みながらピシャリと言ってのけた。


「くっ!……すまないウンディルム。取り乱してしまった。その……肩に痛みはあるか?」

「大丈夫です。痛くもないので、安心して下さい」

「いや、あとから痛みが出てくる場合もあるから、少しでも異変を感じたら保健室に行って診てもらってほしい。本当に申し訳なかった……」


 多少落ち着いたのか、キンニ先生は僕に頭を下げてから、ゆっくりと僕から離れていく。


「もう!生徒にいきなり掴みかかるなんて、教育者としてあってはならない事よ。キンニ先生!」


 プルルは空気を読んだのか、僕の腕の中にスポンと戻ってきた。

 校長先生は、腰に手を当てながらプリプリ怒っている。

 落ち着きを取り戻したキンニ先生は、さっきの自分の行動を思い出してかシュンと落ち込んでしまっている。


「あの、キンニ先生は母とお知り合いだったんですか?」

「……ああ、学生時代から彼女にはよく振り回されていてな、いわゆる腐れ縁ってやつだ。それで、大人になってからもちょくちょく他愛もない連絡を取り合っていてな。でも、アイツが魔法開発関係の仕事についてから……年に数回はきていた連絡もパタリと途絶えてしまった……」

「そうだったんですね……ウチもそんな感じです。数年前までは連絡も帰ってきたし、たまにですけど家にも帰ってきてたんですけど、今はもう……」

「そうだったのか……」


 ……気まずい沈黙が流れる。


「す、すみません!あの、ミュカ様のお父様の『小川の錬金術師 リーウス』様は……ハルダン様は、今はどちらにいらっしゃいますか?」

「……プルル。君は知らないの?」

「はい。途中から私がいた施設とは別の施設に行くといったきりなので……そうだ!ミュカ様は知りませんか?」


「……うん、知ってるよ。……5年くらい前に、施設の事故で死んじゃったんだって」


 僕が12歳くらいの時だった。

 いきなり知らない人達が家に来て、お婆ちゃんに手紙と壺を渡していった。

 手紙は見せてもらえなかったけど、壺の中身は見せてもらえた。

 中には鼠色の粉みたいな物が入っていて、それがお父さんの遺灰だって教えてもらった。


「そ、そんな……嘘です!リーウス様が死ぬ訳ありません!」

「……プルルちゃん。とても残念な事だけど、これは事実なのよ。悲しくても、受け入れていくしかないの」

「だって、リーウス様は仰ってました!仕事が一区切りしたら、家族と楽しく過ごしたいって!」


 プルルのその言葉に、胸の中に熱くて切ない感覚が広がっていく。


「リーウス様がお仕事をしてる時によく仰ってました!『こんな仕事さっさと終わらせて、家族と楽しく過ごすんだ』って!」


 僕の知らないお父さんの姿を、プルルが知っている。


「フォンターナ様も仰ってました!『仕事仕事って働かせやがって……これじゃ親孝行にも満足に行けやしない!』って!」


 僕の知らないお母さんの姿を、プルルが知っている。


「そして二人共、いつも仰ってました!『一緒にごはんを食べたり、お風呂に入りたい』『一緒の家で、ゆっくり同じ時間を過ごしたい』『毎日おはようとおやすみが言いたい』って!」


 僕の知らない二人の事を、プルルの方が知っている。

 僕より、お婆ちゃんより、プルルの方が知っている。




 僕が二人の子供の筈なのに、プルルの方が知っている。




「そしてお二人とも仕事が大変な時は口を揃えて『息子に会いたい』っていつも仰ってました!」

「……え?」


 仄暗くなっていく気持ちが、ゆっくりと止まった。


「防犯の関係上、私に名前を教える事はできない様でしたが『今頃息子は〇〇歳だ。プレゼントは何が良いだろう』『元気に過ごしているかしら?風邪とか引いてないと良いけど……』と、いつも二人で話していました!」


 薄暗い雲に覆われていた様な気持ちが、少しずつ晴れていく。


「そして『今まで言えなかった分、たくさん愛してるって言いたい』って!二人はいつも仰ってました!」


「プルル、ちょっとごめんね」


 もう、我慢出来なかった。

 抱き上げた腕の中のプルルに顔を埋める。

 冷やっこいプルプルとした感触で、顔をいっぱいにする。

 ……出来れば誰にも、この顔は見られたくない。


「……とりあえず、今日の面談はこれで終了ね。でも二人共、色々話して疲れたわよね?この指導室を次の授業時間終わりまで使って大丈夫だから、しばらく休んでいくと良いわ。ね?キンニ先生」

「……ええ、そうですね。次の彼の授業教諭には、私が話をしておきます。ウンディルム。調子によってはその後の昼休みの時間もこの部屋を使う事を許可する。……プルル君とゆっくりと、休んでいくと良い」


 そう言って二人が指導室を出ていく音がする。

 ただ、それを見送る余裕はない。


「……ミュカ様」


 プルルの声がする。

 自然と、抱きしめる腕や顔に力が入る。


「……ミュカ様、プルルはここにいます。どこにも行きません」


 プルルが、腕の中にいる。

 プルルは……ここにいてくれる。


「…………もっと、二人も入れた家族で楽しく過ごしたかった」

「……はい」

「…………死んじゃったお父さんに、もっと親孝行したかった」

「…………はい」

「一緒にごはんを食べたりお風呂に入ったりしてさ、毎日おはようとおやすみが言い合える、二人とそんな生活がしたかった」

「はい」

「……プレゼントなんて、そんなのいらない。一緒の家で毎日会えて!ゆっくり健康に、同じ時間を過ごせればそれでよかった!」

「!……はい!」


「もっと、もっと……!お父さんにも、お母さんにも……そばに、いてほしかった……!たくさん愛してるって……言ってほしかった……!!」

「はい!……はい!」




 その後二限終了のチャイムが鳴り響くまでの間、僕はプルルと二人で指導室に篭っていた。



 その間、プルルはずっと僕のそばにいてくれた。

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