スライムのお嫁さんとの学校面談(3)




「そ、そんな!」


 プルルが僕の腕の中で、悲痛な声を上げるのが聞こえる。

 僕の方は決して冷静とは言えないけど、何とか平静を保っている。

「ああ、やっぱりか」と言う諦めの様な気持ちが心の隅にあるのが、大きいのかもしれない。

 

 でも、諦めるつもりはない。


「プルル、大丈夫だから落ち着いて?」

「全然大丈夫なんかじゃありません!私は、ミュカ様のお嫁さんなんです!これからもずっとミュカ様と一緒にいて、ミュカ様といっぱい幸せになるんです!その事に賛成されないなんて……こんなの、落ち着いてなんかいられません!」


 今までに聞いた事がないくらい、強い口調で主張するプルル。

 彼女はかつて無いほど激しく身体を震わせていて、今にも僕の腕の中から飛び出して、キンニ先生に突撃してしまいそうだ。

 もしそんな事になったら、この面談はお終いだ。

 本当にこの先、取り返しがつかなくなる。


「……大丈夫。大丈夫だから、今は落ち着いて。」

 

 ……だから、プルルがそんな行動をとらない様に、僕はプルルを抱きしめる。

 優しく、暖かく、安心させる様に……プルルの不安を少しでも和らげる様に。

 できるだけ優しく、ゆっくりプルルの身体を撫でながら声を掛けていく。

 

「大丈夫だよ。それに先生達は僕らを離ればなれにさせようとしたり、虐めようとしてる訳じゃないんだから。そうですよね?キンニ先生?」

「……ああ、その通りだ。私は『君達の判断の全てに賛成はしかねる』とは言ったが、君達の関係の形に文句を言う気持ちも反対する気持ちもない」

「もちろん私もよ。貴方達二人を悪い意味でどうこうしようだなんて、これっぽっちも思っていないわ」


 先生達も僕の意図を汲んでか、プルルが落ち着く様に優しく言葉をかけてくれる。


「そうだったのですか。……あの!も、申し訳ありません!私、カンナちゃん様の言葉を聞いて、とんだ勘違いをしてしまいました……!」

「ぜーんぜん良いの、気にしないで!だってそれって、それだけミュカ君の事が大好きって気持ちがないとできない事だもの♪」

「……はい!私は、ミュカ様が大好きです!これからもずっとずっと、お側にいたいです!」

「うんうん、そうよね?その為にプルルちゃんには、これからミュカ君といる為に必要になるかもしれないお話を私達としてほしいの。いいかしら?」

「もちろんです!ルゥちゃん様、カンナちゃん様、よろしくお願いします!」


 そう言って二人に一礼したプルルは、僕の腕の中にスポンと収まった。

 校長先生が僕の方に一瞬ウインクをしてきたので、こっそりと会釈で返す。

 すごい。あんなに興奮していたプルルを、あっという間に落ち着かせてしまった。


「すまない、私の言葉に配慮が欠けていた。……だが、今からする話は君達がこれからを考える時に、きっと役に立つ話になる筈だ。そして、今後二人でいる事にも大きく関わってくる話になるとも思っている」

「はい、お騒がせしてすみませんでした。よろしくお願いします」


 よかった。

 これで問題なく、面談を続けられる。


「では、ウンディルムとプルル君は将来の事についてどれくらい考えているか、まずはそれを聞かせてほしい」

「え、将来ですか?うーんと……プルルと一緒に暮らす、とかですかね」

「私もです!ミュカ様と一緒に暮らします!」

「なるほど……では、その為の具体的なプランや方法などは想定できているか?例えば、どうやって金銭を稼ぐ?ああ、あまり考え込まず、率直に答えてくれて構わない」

「え、えーと……働いて?」「すみません。私、お金についてはあまり分かりません……」

「ふむふむ……では、ウンディルム。二人で暮らす為にどうやって、どこで働こうと考えている?」

「あの……考えていなかったので、分かりません……」

「ふむ……なるほど、ありがとう。良く分かった」


 先生は何か分かったみたいだ。


「君達がまだまだ分からない事だらけと言う事が、良く分かった」

「うぅ、お恥ずかしい……無知ですみません……」

「いや、何も恥じる事はない。君の様な若い学生が知らない事が多いのは当たり前の事だ。だが『無知の知』の言う言葉もある。今、君達は知らない事があると言う事、自分達が考えるべき事を考えていなかったと言う事を知る事ができた。これは、今後の君達にとって大きなプラスになってくれる筈だ」


 ……つまりは僕やプルルがこれからも一緒にいる為には知らないといけない事、考えるべき事が、まだまだたくさんあると言う事か。


「すみません、アドバイスありがとうございます。そっか……僕もプルルも、お互いと一緒に過ごす事しか考えられてなかったんですね」

「繰り返しになるが、私は君達の事について反対する気持ちはまったく無い。ただ、まだ早い……と言うより、お互いが幸せになろうと焦りすぎている様に感じる」


 幸せになろうと焦る気持ち。

 確かに、そうなのかもな。

 

「……心当たりがあるかもしれないです。僕とプルルが人と魔物だから……将来、お互いに離れない様な、しっかりとした繋がりみたいなモノが欲しかったのかもしれません」


 視線をプルルに落としながら、そっと手を添えて打ち明ける。

 人の僕はまだ学生で、子供だ。

 無意識に将来を意識した時に、魔物のプルルを『お嫁さん』と言う関係で体良く引き留めて置きたかったのかもしれない。


「なるほど。確かに君達の将来を考えるのに『人と魔物』と言う要素は無視できない」


 再びキンニ先生に視線を向ける。


「人と人。亜人と亜人。人と亜人。愛し合う関係について様々な例があるが、人と魔物と言う前例を私は聞いた事がない」

「やっぱり……そう、ですか」

「ああ、調べてみない事にはハッキリと言えないが、テイムなどに関わるモノを除けば、例がない以上は君達の様な人と魔物の関係に関わる法の整備も充分に整っていない可能性がある。例えば君達がこの先『結婚』と言う関係を選択した場合、それに関係する制度などによって金銭や一定の法的サポートなどを通常なら申請する事で受ける事ができるが、君達の場合は充分な法的サポートを受ける事が難しくなるかもしれない」

 

 人と魔物。

 今までプルルと二人なら大丈夫だと思い込んでいた僕の甘い考えに、この先ぶつかるであろう厳しい現実が突き付けられた。

 考えなければいけない事が山積みな事に、頭がグルグルしてくる。

 本当に、プルルとこのままの関係で良いのかと、今までの自分自身の行動に迷いと後悔まで生まれ始める。

 そのせいか、これまで意識してこなかった弱気な考えが頭を埋め尽くす。


(好きな物語のシチュエーションだったから舞い上がってた?)

(僕が物語の主人公になった気分になって、何もかも上手くいくと思い込んでいた?)

(自分好みの都合の良い存在として、プルルを扱っていた?)


(僕じゃあプルルを……幸せにできない?)


「……あの」


 それまで静かに話を聞いていたプルルが声を発した。


「カンナちゃん様の仰って下さった事は、理解出来ました。知らないといけない事、考えないといけない事も、私達が思っているよりすごくたくさんあるのだと言う事も分かりました」

「……そう言ってもらえると、こちらとしても助かる」


 自分は平静を保てていて大丈夫だと思っていたのに、この場にいる全ての相手に不審感が募っていく。

 マイナスな感情で作られた深い海の中に、心が沈んでいく様だ。

 

「それを聞いて、やっぱり私はミュカ様のお嫁さんになりたいと思えました」

「……プルル?」


 沈んでいた筈の冷たくなった心が、暖かい言葉で掬い上げられていく様に感じる。

 

「厳しい事も私達が想像しているより、ずっとずっとたくさんあるんだと思います。そしてそれは二人で居続けるだけで、たくさん増え続けていくんだと思います。それを踏まえて、それでも私はミュカ様と二人で生きて幸せになりたい……これから先も、ミュカ様のお嫁さんでいたいです!」


 ああ、ほんとうに……プルルと出会えてよかった。

 

「……元々、生き物を助けた後で主人公がその生き物に助けられて、幸せになるジャンルの物語が大好きだったんです。でも僕は、助けた側がただ幸せになる物語じゃなく、助けられた側と助けた側が幸せになる為にお互いに頑張っていく物語が見たい!……誰に何を、何と言われても、プルルがそう思ってくれた様に、僕もプルルを幸せにしたい!」


 もう、迷いはなかった。

 


「僕達自身が、幸せになる『物語』になってみせます!」


 

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