スライムのお嫁さんとの団欒




「命を助けた」「スライム」「恩返し」


 耳に届いた見に覚えしかないワードに慌てて立ち上がると、僕は急いで玄関に向かった。

 そして、突然の事に驚いているお婆ちゃんを尻目に、玄関でサンダルを履くのも忘れて玄関口を開け放つ。


「ああ、ミュカ様!やっとお会いできました……!」


 そこにいたのは、花が咲いた様な笑顔の可愛らしい女の子だった。

 春色の着物に身を包んで背格好は僕と同じくらいなのに、髪や顔立ちなんかからは柔らかく甘い女の子特有の雰囲気を醸し出している。

 正直に言って、すっっっごく可愛い。


 思わず目を奪われていると彼女の身体がプルルッと振るえて、一瞬でスライムの姿になった。

 そして勢いをつける様にグググッと身体を動かすと、僕の胸に向かってポーンと飛び込んできた!

 キャッチし損ねる寸前、何とか両腕でキャッチすると彼女?は嬉しそうにプルプル震えている。


「ミュカ様!また会えてとっても嬉しいです!」

 「う、うん!ありがとう、もちろん僕もだよ。……そう言えば、君喋れるんだね……!」

「はい!人間の姿にも変身できますし、身体の一部を服にだって変えられます!」

「すごいね!さっき変身してた姿も、服も、どっちもその……すごく可愛かったよ」

「ミ、ミュカさまったら…………!私、頑張ります!もっと頑張って、ミュカ様の理想のお嫁さんになってみせます!!」

「あ、その事なんだけど……」


 さっきからちょいちょいでてくる「お嫁さん」発言について聞こうとした時だった。


「あー、お二人さん。長々と立ち話もなんだから、内に入ったらどうだい?」


 と、お婆ちゃんの言葉によって、一旦玄関から家の中に入る事になったんだ。



 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 

 

 僕は素足のまま玄関に下りていた足を綺麗にしてから、居間のテーブルの前に座った。

 その隣にはお婆ちゃん。

 スライムさんは……僕の膝の上だ。もちろんスライム形態で。


「じゃあ、やっぱり君は僕が助けた…………」

「はい!私は、ミュカ様に命を助けていただいたスライムです。恩返しに、私を貴方のお嫁さんにしてください!」

「……へ?」

「おやまあ……どうやら、お迎えがくる前に曽孫の顔が見れそうだねぇ」

「ちょっとお婆ちゃん?!」

「私、ミュカ様の良いお嫁さんになれる様に頑張ります!……一緒に幸せになりましょうね、あなた♡」


 突然の事態に考えが現実に追い付けなくなってきた。

 過去の走馬灯が、頭の中に浮かんでは沈んでを繰り返していく。

 

「………………ミュカ様?どうされましたか?」

「………………ハッ!ごめんごめん、ちょっと意識が過去に飛んでただけだから」


 確かにこのシチュエーションは、僕が好きな物語のジャンルそのものだ。

 だけど流石に心の準備が………………。


「そう言えばスライムちゃん。一つ聞きたいんだけど、良いかい?」

「はい、お婆様!何でもどうぞ!」

「まっ!お婆様、なんて嬉しいねぇ。じゃあ遠慮なく……」



 

「あなた、人間は食べられる?」



 

 思わずギョッとしてお婆ちゃんに視線を向けるが、お婆ちゃんの顔は真剣その物だ。

 …………多分、これが正しい反応なんだろうな。


 僕の好きなジャンルの物語の生き物達は、基本的に周りの人間に好意的だけど、現実の野生の生き物はそうじゃない。

 ましてや魔物ともなれば、警戒して当たり前なんだ。



 

「いいえ!私の様な中性の性質のスライムは他の性質のスライムの様に取り込んだ物を溶かす事は出来ないので、人間を含めた生き物などは食べられません」

「ふむふむ」

「そして何より、ミュカ様やその家族であるお婆様に危害を加える様な行為は、決してしないと誓います!」

「ふむふむなるほど…………」

「お手数になってしまいますが、魔法契約を結んで頂いても構いません!」

「ふむ………………よし、わかった!スライムさんを信じよう」


 怒涛の話の展開ついていこうと、いつの間にか身体に入っていた力がストンと抜けた。

 緊張からか、背中にびっしょりと冷や汗もかいていた様だ。


「ありがとうございます、お婆様!」

「ソグネフィヨルド、長いからソグ婆とでも呼んでおくれ。ようこそ、ウンディルム家へ!」

「はい!よろしくお願いします、ソグ婆様!」

「嫁イビリなんてしないから、安心してちょうだいな。あと、スライムちゃんに名前はあるの?」

「いいえ、まだ私には名前はありません!」


 すると、それまで楽しげにスライムさんと話していたお婆ちゃんは、じっとりと僕の方を見てくる……え、なんで?


「ミュカ……あんた、スライムちゃんを名無しのままでお嫁さんにするつもりかい?」

「え?……いや、だからお嫁さんって言うのは、」

「なんだい?ミュカあんた、他に好きな子でもいるのかい?」

「へ?………………あ、いない!いないよ!」


 スライムさんが涙目になったのを見て、慌てて否定する。

 まずい、罪悪感がすごい……。


「あたしだって、ミュカとスライムちゃんの事情は何となく分かるよ?でも、この娘はわざわざ恩返しの為にミュカの所までこうやってきたんだ。名前くらいプレゼントしても、バチは当たらないんじゃないかい?」


 それは、そうかもしれない。

 お嫁さん云々はともかく、少なくとも僕に恩返しをしようとここまできてくれたんだから、まずはその想いに応えてあげたい。

 

 なら、どんな名前が良いだろう?

 スライムさんにピッタリで可愛い名前……。

 

「…………プルル、なんてどうかな?」


 スライム形態の鳴き声もぷるぷる言ってた気がするし、もちもちプルプルで可愛いし……大丈夫かな?


「ミ、ミュカさ、ま………………とても、とっっっても素敵な名前です!プルルです!私は、ミュカ様のプルルです!!」


 そう言って、スライムさん……プルルは、僕に抱きついてくる。

 気に入ってもらえて、本当によかった……。











 

「とりあえず、明日はお赤飯かねぇ?」

「お婆ちゃん!?」


 

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