犯人捕縛作戦 7

 講堂は騒然となっていた。

 舞台袖から転がるように駆けだしたエイミーは、ピアノの側に倒れたまま動かないライオネルに横に膝をつく。


「殿下! 殿下⁉」

「エイミー様、触らないでください!」


 舞台の下で見ていたウォルターが駆けつけて、ライオネルに触れようとするエイミーに向かって、大きな声でそう言った。

 舞台下では教師たちが騒然となる見学者や学生を落ち着かせている声がする。

 ライオネルのクラスメイト達は一様に青ざめて、倒れているライオネルを見つめていた。


「この場から誰も動かないでください」


 ウォルターが警備員に紛れ込ませていた魔法騎士たちも集まって来た。

 ウィルターは素早くライオネルの手を確認すると、右の薬指の先が血でにじんでいるのを見つけた。エイミーも覗き込むと、針で刺されたような跡がある。


「ウォルター」


 ウォルターがライオネルの首に手を当てて脈を測っていると、舞台に国王が上がって来た。


「ライオネルは?」


 ウォルターは顔を上げて、ぎゅっと眉を寄せる。


「脈はありますが、早急に処置が必要です」

「わかった。では、あとのことは私が――」


 国王がそう言って、いまだに喧騒に包まれている講堂内に視線を向けたときだった。


「エイミー・カニング様が殿下を殺害しようとしたのよ‼」


 講堂の一階部分の中央のあたりから、甲高い声が上がった。

 殺害という単語に、講堂内がさらにざわめきを増す。

 声がした方を振り返ると、一人の女子生徒がこちらを厳しく睨みつけて立っていた。

 国王が怪訝そうな顔でその生徒の名を呼ぶ。


「スケール伯爵令嬢、今の発言をしたのは君かね?」


 こちらを――正確にはエイミーを睨みつけていたのは、パトリシア・スケール伯爵令嬢だった。

 パトリシアは自席から舞台に向かって歩いてきながら続ける。


「はい、わたくしです陛下。どうか発言をお許しください」

「ふむ……」


 国王はちらりとエイミーを見て、それから鷹揚に頷いた。


「まあいいだろう。ただし、舞台には上がって来ぬように」

「ありがとうございます」


 パトリシアは舞台の下ぎりぎりまで歩いてくると、国王に向かって優雅に一礼して口を開いた。


「わたくしは、今回のこの件は、エイミー様が殿下のお命を狙って仕掛けたことだと思っております」

「な――」

「シンシア、し!」


 エイミーの側にいたシンシアが反論しかけたのを黙らせて、エイミーはパトリシアに視線を向ける。

 エイミーが反論しないからか、パトリシアは俄然勢いづいたようだ。


「この学園に通う生徒や教師のみなさんならご存じだと思いますが、エイミー様は学園に入学してからと言うもの、毎日のようにしつこく殿下を追いかけまわしていらっしゃいました。殿下がそれに迷惑なさっていたにも関わらず、その行動をやめることはございませんでした。そんなエイミー様に殿下は辟易なさっていて、婚約を解消したいとお望みだったことをわたくしは知っています。そしてエイミー様は、婚約を解消したいと望む殿下を逆恨みして、このような行動に……。それしか考えられません! わたくし、そう確信しております! それの証拠に、エイミー様は倒れた殿下にいち早く駆け寄られました。きっと証拠を隠滅しようとしたのでしょう。そうに違いありません!」


 国王はぱちぱちと目をしばたたいた。

 それはパトリシアの強引な推理にあきれているように見えたが、講堂でパトリシアの話を聞いていた生徒や貴族の中には彼女の言い分を信じる者も出てきて、あちこちから同調する声や、逆に否定する声などが上がって、だんだんと収集がつかなくなる。


「静かに」


 国王が手をかざすと、いったんは静まったが、こそこそと言うささやき声は消えない。


「スケール伯爵令嬢。さすがにその推理は想像の域を出ていないのではないかな? 証拠がないとね」

「証拠は、学園の生徒の方々全員ですわ! 毎日毎日、エイミー様が殿下を追い回していることを皆様知っていらっしゃいますもの! そして殿下は嫌がっておいでなのです! だからエイミー様は、ピアノに毒針を細工したんですわ!」


 エイミーはそれを聞いて、ゆっくりとライオネルの側から立ち上がった。


「パトリシア様、一ついいですか?」

「なにかしら? 言い訳なさる気?」


 エイミーは舞台のぎりぎりまで歩いていくと、まっすぐにパトリシアを見下ろした。


「どうして、殿下が倒れた原因がピアノに細工された毒針だと思ったのでしょう」

「……え?」

「まだ、殿下が倒れられた原因は調べていません。殿下は朝から体調が悪かったですので、それが原因であるとも考えられるのに、どうして毒針だと思われたのですか?」

「そ、それは……」


 パトリシアは目に見えて狼狽えはじめた。

 エイミーは舞台上にいる魔法騎士を振り返る。ライオネルが演奏を止めた直後の楽譜を頭の中に思い描いた。


「右の薬指なら……、殿下が倒れる直前に弾いていたのは……、Fの七ですね。ファとファのシャープへのスラーのところでした。ファとファのシャープの鍵盤を調べてください」

「調べろ」


 ウォルターが魔法騎士の一人にピアノを確認するように告げる。


「ありました!」


 エイミーの言った鍵盤を調べていた魔法騎士が声を上げる。

 鍵盤を押すと、鍵盤と鍵盤の間から針が飛び出してくるように細工がしてあったようだ。


「パトリシア様、正解です。でも、まるで見てきたように鍵盤に針が細工してあるとわかったのは、どうしてでしょう?」


 エイミーの声に、いつもの陽気な響きはない。

 心の底から怒っているからだ。


「そ、そ、そんなの、ただの勘よ!」

「では、毒針だと思ったのは? これに毒物が付着しているかどうかは調べてみないとわかりませんが、まだ殿下が倒れられた理由がわからなかったこの状況で、的確に殿下が倒れられたのが毒針のせいだと断ぜられるのは、おかしな話ではないですか? なぜ、わかったんですか?」

「それは……」

「ピアノに細工をしたのが、パトリシア様だからですよね」

「な、なにを言い出すの⁉ わかったわ! あなた、わたくしに罪を擦り付けるつもりね! どこまで卑怯なのかしら! だから殿下はあなたのことが嫌い――」

「殿下は、わたしのことが大好きですよ」

「……、は?」


 エイミーが真顔ではっきりと告げると、パトリシアが思わずと言ったようにぽかんとした表情を浮かべた。


「だから、殿下はわたしが大好きです。わたしたち、ちゃんと両想いですよ。勝手に殿下がわたしを嫌いなことにしないでください」

「何を言っているの?」

「だから、両想いなんですってば。わたし、殿下と両想いなんです! 殿下からちゃんと好きだって言葉をもらいました! そこを間違えられると、わたしも冷静では――」


 むっと眉を寄せてエイミーがパトリシアに反撃しようとしたときだった。


「こらそこのモモンガ、やめろ! 話を脱線させてどうする‼」


 あきれたような、けれども真っ赤な顔のライオネルが目を開けて、まるで何事もなかったかのようにその場に立ち上がった。



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